
はじめに
2025年8月、当社は「EVシフトと中国部品調達:トヨタの戦略的転換が示す、タイ・東南アジア自動車業界の今」と題するレポートを公開しました。日本経済新聞の報道(2025年8月2日)によれば、トヨタはタイの有力部品メーカーであるサミット・グループ(自動車用シートなどを手がける企業グループ。後述のタイ・サミット・グループとは別のグループ)に中国の内装材メーカー・蕪湖躍飛新型吸音材料(以下、躍飛)を紹介し、両社は2025年1月にタイで合弁会社を設立しました。同報道は、トヨタが2028年頃に東南アジアで投入する新型電動車で、コストを従来比3割削減する目標を掲げているとも伝えています。当社はこの報道を手がかりに日系供給網の転機を論じ、「こうした変化は2026年に本格的に姿を現す」との見立てを示しました。
2026年も10月に入り、この見立てを検証できる統計と各社の動きがそろってきました。本稿では、公表された数値に基づいてタイ自動車市場の現在地を整理し、昨年の見立てのうち当たった点と更新が必要な点を確認します。昨年のレポートでは取り上げていなかった2つの論点、すなわち中国EV勢に強まる淘汰圧力と、EV・HEVの優遇策に付された現地化の条件およびその後の運用の変化もあわせて取り上げ、タイに拠点を持つ日本企業の意思決定に使える形で全体像を示します。
市場シェア:「日系7割割れ」は現実になり、2026年も低下が続いた
まず販売台数ベースのシェアです。タイ国トヨタ自動車(TMT)の発表(2026年1月30日)によれば、2025年のタイ国内新車販売台数は前年比8.5%増の62万1,166台で、3年ぶりに前年を上回りました。市場全体は回復した一方で、ブランド別の構成は大きく変わっています。ジェトロの集計(2026年2月5日)による2025年の数値は次のとおりです。
- 全体:日系メーカーの合計シェアは76.7%から69.3%へ7.4ポイント低下し、7割を下回りました。中国系は11.6%から18.2%に上昇しました。報道によれば、日系で前年の販売台数を上回ったのはトヨタのみでした。
- 乗用車:日系は64.8%から62.1%に低下し、中国系は18.8%から22.1%に上昇しました。
- 商用車:中国系は7.1%から16.0%へ倍以上に伸び、日系は84.4%から73.8%へ10.6ポイント低下しました。乗用車の低下(2.7ポイント)より大きな変化が、日系の比重が高かった商用車で起きています。ただし、商用車の中核である1トンピックアップトラック(PPVを除く)に限れば、日系シェアは91.5%から91.2%への微減にとどまっています。1トンピックアップの日系シェアがほぼ変わっていないことから、商用車全体での低下は、PPV(ピックアップをベースにした乗用車)など1トンピックアップ以外の区分で中国系が伸びたことによるとみられます。
この集計の「中国系」は、BYD、上海汽車(MG)、長安汽車、長城汽車、広州汽車の5グループです。奇瑞汽車、吉利汽車、哪吒汽車(NETA)、小鵬汽車などは「その他」に分類されているため、中国ブランド全体のシェアはこの数値を上回ります。
2026年に入っても、変化は続いています。ジェトロの集計(2026年4月15日)によれば、3月25日から4月5日に開催された第47回バンコク国際モーターショーでは、会期中の四輪車の販売予約13万2,951台のうち、中国系ブランドが68.1%を占め、日系(27.3%)の2倍を超えました(資本の国籍別の集計)。ブランド別の予約台数の首位はBYD、2位はトヨタで、出展した四輪40ブランドのうち18が中国系でした。予約は販売の実績ではありませんが、購入者の意向が中国系に向かっていることを示す数値です。
上半期の実績も同じ方向を示しています。タイ工業連盟(FTI)の発表によれば、2026年1〜6月の国内新車販売は34万6,966台(前年同期比14.6%増)で、内需は明確に回復しました。ブランド別の構成は、陸運局(DLT)の新規登録台数をブランド別に集計したジェトロのレポート(2026年9月4日)で確認できます。同レポートの台数から計算すると、登録ベースの日系のシェアは2024年の72.6%から2025年には64.2%、2026年1〜6月には58.7%に低下し、中国系は15.2%、25.8%、33.0%と上昇しました(ジェトロが陸運局のデータをブランド別に集計)。登録ベースは販売ベースと総数が異なるため、上記の69.3%とは直接比較できません。同じ登録ベースで見ると、日系のシェアは2025年の1年間で8ポイント余り下がり、2026年1〜6月も2025年通年を5ポイント余り下回っています。
パワートレイン別では、中国系と日系の分担が一段とはっきりしています。DLTの新規登録をもとにしたジェトロの集計(2026年8月18日)によれば、2026年1〜7月の乗用車BEV(陸運局の区分による)の登録12万6,439台(前年同期比88.2%増)のうち、中国系メーカーの合計シェアは90.3%でした。乗用車HEVの登録10万1,756台(22.3%増)のうち、日系メーカーの合計シェアは97.8%でした。2025年通年でも、乗用車BEVの中国系シェアは90.5%、HEVの日系シェアは96.4%です(ジェトロ、2026年1月15日)。BEVでは中国系が、HEVとピックアップでは日系が大半を占める構造が、現在のタイ自動車市場の基本形です。
完成車メーカーの生産再編も進んでいます。スバル車を組み立てていたタンチョン・スバル・オートモーティブ(タイランド)は、2024年末までに組立を終了したと報じられています。スズキは2024年6月の発表どおり、タイ工場での生産を2025年末で終え、販売とアフターサービスは継続しています。報道によれば、旧スズキ工場は隣接するフォード・モーター・カンパニー(タイランド)が2026年1月に取得契約を結びました。ホンダはアユタヤ工場の完成車生産をプラチンブリ工場に集約する方針を2024年7月に示し、日産はサムットプラカーン県の第1工場の車両組立を第2工場に統合しました(いずれも報道)。
小括すると、日本車の優位が揺らぐという昨年の見立ては数値の上でそのとおりに進み、日系シェアの低下は2026年も続いています。一方で、低下は一様ではありません。BEVでは中国系が9割を占め、商用車では日系のシェアが1年で10ポイント超下がりました。他方、HEVと1トンピックアップでは、日系が依然として大半を占めています。
調達網:中国系サプライヤーの集積は進むが、日系の商機には直結していない
次に調達網の変化です。日本経済新聞の報道によれば、トヨタが仲介したサミット・グループと躍飛の合弁は、2028年頃に投入予定の新型車への供給を見据えたものです。この新型車はEV専用ではなく、EV・HVなど複数の動力に対応するマルチパスウェイ・プラットフォームを採用するとされています。この件は関係者への取材に基づく報道であり、2026年10月時点で当事者による公式発表はなく、合弁会社の名称、出資比率、工場の所在地、量産開始の時期は公開情報では確認できません。
個別案件の進捗は表に出ていませんが、中国系企業のタイへの投資は統計で確認できます。タイ投資委員会(BOI)の発表(2026年1月26日)によれば、2025年の投資奨励申請は3,370件、約1兆8,767億バーツで、前年比で金額は67%増、件数は11%増となり、BOIはこれを過去最高と位置づけています。外国からの申請のうち、中国からは982件、約1,721億バーツ(55.2億ドル)でした。業種別では、「自動車・部品」の申請が288件、約841億バーツでした。BOIが別途まとめた中国資本(出資比率10%以上)の案件の報告では、2025年の「機械・自動車」分野の認可が196件、約298億バーツでした(申請と認可、業種の区分は資料ごとに異なります)。
部品メーカーの数については、日本経済新聞が2025年8月に報じた調査会社の集計によれば、タイの自動車部品メーカー約3,100社のうち日系が約1,400社、中国系が約190社で、中国系は2017年末の4倍に増えています。ジェトロの地域・分析レポート(2024年12月19日)は、電池メーカーの国軒高科がラヨーン県に、蜂巣能源(SVOLT)がチョンブリ県に工場の設立を発表したことなど、中国系サプライヤーの進出を報告しています。
一方で、この集積が日系部品メーカーの受注につながっているかといえば、2024年時点の調査では限定的とされています。同じジェトロのレポートは、2024年にタイと中国で行ったヒアリングに基づき、中国系自動車メーカーのタイでの調達先は主に地場系か中国系のサプライヤーで、日系サプライヤーからの調達は限定的だと報告しています。日系部品メーカーが採用されて販売に成功している例もあるものの、多くはないとしています。日系完成車メーカー向けの販売減を中国系完成車メーカー向けの受注で補う道は、この調査の時点では限られていました。
他方で、日系部品メーカーによる電動化部品の現地生産は始まっています。アイシンは2025年3月、タイの子会社で三菱自動車のHEV向けハイブリッドユニットを生産すると発表しました。デンソーはタイの既存拠点にインバーターの生産ラインを設けると報じられています。
想定と異なる動き:中国EV勢に強まる淘汰圧力
昨年のレポートで当社が扱っていなかったのは、攻勢をかける中国勢の側で淘汰圧力が強まり、選別が始まったことです。その象徴が、NETA(哪吒汽車)の経営破綻でした。NETAの販売減と親会社の法的整理は当時すでに始まっていましたが、その後、タイでの影響が広がりました。
ロイター(2025年7月4日)は政府データとして、2025年1〜5月のNETA車の新規登録が前年同期比48.5%減となり、EV登録に占めるシェアが4%に低下したと報じました。同じ記事は、NETAのタイでのEV販売シェアが2023年のピーク時に約12%だったとする市場調査会社の推計を伝えています。
親会社の合衆新能源汽車(Hozon New Energy Automobile)については、中国・嘉興市中級人民法院が2025年6月12日に破産重整(再建型の法的整理)の申立てを受理し、管財人を指定しました。中国の報道によれば、最初の投資家候補による重整計画案は2025年12月の表決で成立せず、2026年9月の債権者会議で、新たな投資家が30億元を出資して約7割の株式を取得する計画案が示されました。この計画案の表決期限は2026年10月12日でしたが、本稿執筆時点で、表決の結果と裁判所の認可は確認できていません。清算型の手続きへの移行は報じられていません。
タイ国内でも影響が続いています。報道によれば、物品税局は2025年6月、組立工場の生産停止を受けて補助金の支払いを遅らせていると説明し、2026年1月には、未達の国内生産義務について提訴と資産の追跡を進める方針を示しました。2025年6月には、NETA車を扱う販売店18社が、2億バーツ超の損失を訴えて物品税局に申し立てたとも報じられています。2026年9月25日には、タイ政府が、EV3.0の国内生産義務を達成できなかった事業者に対し、未達台数分の補助金に年7.5%の利息を付して返還を求める方針を発表しました(ジェトロ、2026年10月15日)。同じジェトロの記事によれば、タイ政府は2025年7月の時点で、NETAのタイ法人が約1万9,000台分の国内生産義務を2025年末までに達成できない見通しを示していました。購入者の側では、タイ消費者評議会と購入者が、NETAのタイ法人と組立を担ったバンチャン・ゼネラル・アッセンブリーを相手に起こした集団訴訟が、2026年5月に裁判所に受理されています。
値下げ競争にも副作用がありました。BYDでは2024年、度重なる値下げに対し、先に高い価格で購入した消費者の反発が広がり、当局の調査に発展しました。ロイターは2024年11月、タイ消費者保護委員会事務局の調査が、BYDの値引きに広告規制の違反はないと結論づけたと、関係者の話として報じています。また、EV3.0の補助金の対象となる登録の期限(2026年1月)を過ぎた2026年2月、BYDなど中国系各社はタイでの販売価格を引き上げたと報じられています。値下げ競争が補助金を前提に成り立っていた面があったとみられます。
背景には中国ブランドの乱立があります。ロイター(2025年7月4日)によれば、タイの中国EVブランド数は1年で倍増して18に達し、前述のとおり2026年のモーターショーでも出展40ブランドのうち18が中国系でした。中国国内では、長安汽車の朱華栄董事長が2023年5月の業績説明会で、今後2〜3年で、控えめに見ても6〜7割のブランドが閉鎖・合併・転換に直面するとの見方を示していました(中国の報道)。NETAの事例は、中国国内で見込まれていた淘汰がタイ市場にも及び得ることを示しています。
ただし、本稿の調査の範囲では、2026年10月時点でタイ事業の実質的な停止が確認できる中国系ブランドはNETAにとどまります。中国勢の新規参入と現地生産は続いており、報道によれば、長安汽車のラヨーン工場は2025年5月に稼働し、BYDのラヨーン工場は2026年9月に累計生産10万台に達しました。理想汽車(Li Auto)も2026年中のタイ参入の方針を表明しています。タイ自動車市場で起きているのは淘汰の完了ではなく、淘汰圧力の強まりと選別の始まりです。
当社は、この選別によって、消費者が「そのブランドが数年後も事業を続けているか」「アフターサービスが維持されるか」を購入の判断に加えるようになると考えます。そうであれば、ブランドの継続性、販売・サービス網、リセールバリューといった日系メーカーの従来の強みが評価される場面が増える可能性があります。
1年前の見立てと現在:対比表
1年前の見立てと、2026年10月時点で確認できる事実を対比すると、次のとおりです。
| 論点 | 2025年8月時点の状況と当社の見立て | 2026年10月時点で確認できる事実 |
|---|---|---|
| 日系シェア | 低下が続くと想定 | 2025年通年は販売ベースで69.3%と7割を下回った。登録ベースでは2024年72.6%、2025年64.2%、2026年1〜6月58.7%と低下が続く |
| 日系の生産再編 | スズキの生産終了・ホンダの集約は方針の段階 | スズキは2025年末で生産を終了し、旧工場はフォードが取得契約(報道)。ホンダは集約の方針を公表(完了は未確認)。日産は第1工場の組立を第2工場に統合(報道) |
| トヨタの中国部品調達 | 合弁設立(報道)。2028年頃の新型車に向けた調達の準備 | 当事者の公式発表はなく、合弁の詳細と量産の時期は未公表 |
| 中国勢の動向 | 攻勢の継続を想定 | 攻勢は継続。一方でNETAの親会社の最初の再建計画は2025年12月に否決され、タイでは補助金返還の問題に発展(当時の記事では扱っていない) |
| 政策環境 | HVは日系の強みだが、長期的にはEVシフトが進む | HEVの物品税は現地化投資等を条件に2032年まで据え置き。EVは輸入優遇が終わり、生産義務の未達には補助金の返還を求める方針。現地の付加価値に連動した物品税を検討中(HEVの条件は2024年12月の発表。当時の記事では扱っていない) |
2026年の市場環境:内需回復と輸出減の二極化、そして政策の分岐
2026年のタイ自動車市場は、内需と輸出で明暗が分かれています。FTIは2026年7月、通年の生産目標を150万台から145万台に引き下げました。削減分の5万台はすべて輸出向け生産(95万台から90万台)で、国内販売向け生産の55万台は据え置かれました。報道によれば、FTIは理由として、中東情勢による輸出の減少、米国の通商障壁、輸出市場での中国EVとの競合を挙げています。
その後の実績も同じ傾向です。FTIによれば、2026年1〜8月の生産は95万9,711台(前年同期比1.3%増)で、うち輸出向け生産は60万5,579台(2.9%減)、国内販売向け生産は35万4,132台(9.3%増)でした(ジェトロ、2026年10月7日)。同期間の国内販売は46万5,971台(16.6%増)、完成車輸出は56万5,037台(6.3%減)です。報道によれば、FTIは9月末の時点で、通年の生産目標145万台を維持するとしています。なお、2025年の生産実績は145万5,569台(0.9%減)でした。
生産の6割強を輸出向けが占めるなかで、内需は伸び、輸出は減っています。この組み合わせは、輸出向け生産の比重が高い完成車メーカーと、その部品サプライヤーにとって圧力となります。また、ピックアップの販売は与信の厳格化を背景に低迷が続いており、報道によれば、FTIの報道官は2026年8月のピックアップ販売が前年同月比10.77%減だったと説明しています。
政策面では、方向の異なる2つの動きが同時に進んでいます。
1つはHEVへの条件付きの優遇です。タイ政府の発表(2024年12月)とBOIの資料によれば、CO2排出量100g/km以下のHEVの物品税率6%と、101〜120g/kmの9%は、条件を満たすメーカーについて2032年まで据え置かれます。通常の税率は2028年と2030年に2ポイントずつ引き上げられる予定であり、優遇の中身はこの引上げの停止です。条件は、2024〜2027年に30億バーツ以上を追加投資すること、2026年からバッテリーを国内で製造または組み立てること、2028年からモーター、減速機、インバーターなどの主要部品を国内で調達すること、先進運転支援システム(ADAS)を6機能中4機能以上搭載することです。HEVの優遇は、現地化投資とセットで与えられています。
もう1つは、EVの現地生産義務の運用です。EV3.5の下で関税減免と補助金を受けて完成車を輸入できるのは2024〜2025年の輸入分で、輸入台数に対する国内生産の比率は、2026年中に生産する場合は1対2、2027年にずれ込む場合は1対3とされています。輸入した電池セル・モジュールを現地調達額に算入できる特例については、上限を2026年1月から工場出荷価格の10%(従来は15%)に引き下げ、期限を2026年6月末とすることが2025年11月に決まりました。他方で、同じ2025年11月には、輸出1台を国内生産1.5台分とみなすこと、他社工場での受託生産を認めること、補助金を受けていない輸入車を税の差額と罰則の納付を条件に義務から外すこと(Reverse Exit)など、義務の履行方法を広げる措置も決まりました(BOI、2025年11月25日)。
さらに2026年9月10日、国家EV政策委員会は、生産を伴わない輸入車に最も高い税率を課し、現地の付加価値が高いモデルほど税率を下げる段階制の物品税に原則合意しました(BOI、2026年9月)。報道によれば、内閣は10月上旬、物品税局に制度の修正と再提出を指示しており、税率と施行日は本稿執筆時点で決まっていません。2025年までの「先に輸入して販売し、後で国内生産する」という順序は制度上終わり、現地での生産と付加価値の実体を求める方向で議論が進んでいます。
ここからの含意:当社の見立て
以上の事実を踏まえた当社の見立ては次のとおりです。
第一に、日系メーカーの事業の柱はHEVとピックアップです。HEVは物品税の据え置きという政策に支えられていますが、その支えには条件があります。物品税の据え置きは、2027年までの投資、2026年からのバッテリーの国内組立、2028年からの主要部品の国内調達とセットです。HEVの優遇は、現地化投資の実行と引き換えに与えられた期間と捉えるのが適切と考えます。ピックアップは、日系のシェアが9割を超える一方、与信の厳格化で市場そのものが縮んでいます。
第二に、昨年のレポートで当社は、中国系が現地合弁・現地生産の形をとれば現地調達の要件は満たせるため、制度は日系の防壁にはならないと指摘しました。その後の制度の動きを踏まえると、この見方は更新が必要です。EV3.5の輸入優遇は予定どおり2025年で終わり、生産義務の未達には利息付きで補助金の返還が求められることになり、物品税は現地の付加価値に連動させる方向で議論されています。要件を満たすための投資の負担は重くなっており、中国系の完成車メーカーとサプライヤーは本格的な現地化投資を求められます。一方で、生産義務の履行方法は広がっており、制度は一方向に厳しくなっているわけではありません。制度は中国系の参入を止めるものではありませんが、現地化投資を続けられる企業とそうでない企業を選別する働きを持ち始めています。当社は、電動化の主要部品を現地で供給できるサプライヤーには、日系・中国系の双方の完成車メーカーから需要が生まれ得ると考えます。
第三に、中国系との提携・受注を検討する際の相手の見極めです。NETAの事例は、市場シェアの数値だけで相手を判断することの危うさを示しました。NETAの例では、販売店が物品税局に損失を申し立て、組立を担った会社が購入者の集団訴訟の被告に含まれました。提携先が破綻した場合、補助金の返還や生産義務の未達をめぐる問題は、組立の委託先、販売店、合弁の相手にも及び得ます。相手の財務体力、親会社の状況、補助金に紐づく義務の履行状況まで確認することが、提携の前提条件になります。
第四に、意思決定の時間軸です。当社は、タイに拠点を持つサプライヤーの事業判断を、3つの時間軸に分けて検討すべきと考えます。
- 短期(1〜2年):物品税の再設計、EV3.5の生産義務の期限(2026〜2027年)、HEV優遇の投資条件の期限(2027年)など、制度の確定に合わせて受注と投資を判断する時間軸です。
- 中期(2032年までの5〜7年程度):HEV需要と、2032年までの条件付きの物品税の据え置きが続く期間です。事業ポートフォリオの転換や拠点の再配置を実行する時間軸にあたります。
- 長期(10年程度):EV中心への移行を前提に、事業をどの形で続けるかを決める時間軸です。
中期の期間は現状維持で足りる期間ではなく、事業の転換、拠点の再配置、あるいは事業売却・撤退といった構造的な打ち手を、事業が利益を生んでいるうちに実行するための期間です。短期の1〜2年で制度が確定すると、どの事業に投資を続け、どの事業を手放すかの前提が決まり、中期に取り得る打ち手もこの判断によって絞られていきます。
日本企業への示唆:窓が開いているうちに検討すべき三つの選択肢
以上を踏まえ、タイに拠点を持つ日系サプライヤー・日本企業が検討すべき選択肢を整理します。
1. 現地事業の再点検
自社の製品ポートフォリオがEV移行にどこまで耐えられるか、顧客構成(日系完成車メーカーへの依存度)がどう変わり得るかを、上記の3つの時間軸で棚卸しすることが出発点です。その際、堅いとみなすセグメントの定義は毎年見直す必要があります。商用車の日系シェアは2025年の1年で10ポイント超低下しました。1トンピックアップでは日系が9割超を維持していますが、PPVなど1トンピックアップ以外の区分では中国系が伸びているとみられます。HEV向けの部品を供給している場合は、顧客の完成車メーカーが物品税の条件(2028年からの主要部品の国内調達等)をどう満たすかが、自社の受注に直接影響します。
2. 中国系との提携・合弁
報道どおりであれば、サミット・グループと躍飛の事例は、地場の既存プレーヤーが中国系の進出の受け皿になるという選択肢を示しました。技術、顧客基盤、現地オペレーションを持つ日系サプライヤーにとっても、中国系のサプライヤーや完成車メーカーとの提携・合弁は検討の対象になります。淘汰圧力が強まる局面は、提携先を選べる局面でもあります。財務、親会社の状況、補助金に紐づく義務まで確認したうえで、事業を続ける見込みの高い相手と組むことが、提携の成否を分けます。
3. 撤退・売却・カーブアウト
事業の将来性を検討した結果、撤退、売却、一部事業のカーブアウトが合理的な結論になる場合もあります。撤退・売却の条件は、事業が利益を生んでいる時期のほうが有利です。受注が細り、赤字が定着してからの売却は、買い手の選択肢も価格も大きく制約されます。
実際、2025〜2026年には、タイの自動車関連の拠点と事業の売買が相次いでいます。
- 旧スズキ工場は、隣接するフォードが取得契約を結びました(報道)。生産を終えた拠点にも買い手がつくことを示す例です。
- レゾナックは、日本とタイの自動車成形部材事業を森六に譲渡しました(2025年9月発表、2026年4月完了)。タイの子会社も対象に含まれています。
- ブリヂストンは、タイと中国のスチールコード事業をベカルトに譲渡しました(2026年1月発表、同年5月完了)。
- 東洋紡は2026年8月、タイのエアバッグ用原糸の合弁会社について、合弁相手であるインドラマ側の持分50%を取得し、完全子会社化すると発表しました。
- 2026年2月には、タイの大手自動車部品メーカーであるタイ・サミット・グループ(本稿で触れたサミット・グループとは別の企業グループ)について、創業家が最大20億ドル規模での売却を検討しているとBloombergが報じました。同社は報道を否定しています。
売却、事業譲渡、合弁の持分整理は、いずれもタイで実際に使われている手段です。持ち続ける以外の選択肢を比較検討することは、タイに拠点を持つ企業にとって現実的な検討事項になっています。
いずれの選択肢を取るにせよ、検討は選択肢が多いうちに始めることが重要です。本稿の検証のとおり、タイ自動車市場の構造変化は1年前の想定どおりの方向に進んでいます。物品税の再設計と生産義務の期限を迎える今後1〜2年のうちに、顧客の完成車メーカーの調達方針と、中国系の各社が事業を続けられるかどうかが定まっていきます。その過程で受注の見通しが悪化すれば、提携や売却の相手方の選択肢と条件はともに狭まります。取り得る選択肢は今より少なくなる可能性が高いと当社は考えます。
当社について
Syntax Partnersは、日本のM&Aアドバイザリーファームです。東南アジアを中心にアジア全域で、クロスボーダーM&A、資本提携、事業再編に関する助言と実行支援を提供しています。
M&Aでは、当社はFA(ファイナンシャルアドバイザー)専業として、一つの案件では売り手・買い手のいずれか一方のみを支援します。売却・事業譲渡の案件では、売主様・オーナー様の利益を最大化するアドバイザーとして、日本企業に加えて海外の事業会社・投資家も買い手候補の対象とし、交渉から取引の実行までを支援します。買収・提携の案件では、お客様の戦略に基づく対象候補の調査・リスト化、オーナー・親会社への直接の打診、交渉、取引の実行までを当社が担います。
主な支援内容は次のとおりです。
- ASEAN市場でのM&A・資本提携の支援(売り手側・買い手側)
- 現地パートナーの探索
- 事業再編・カーブアウト・PMIの支援
- 業界分析・市場調査・戦略立案
- 調達戦略・サプライチェーンの見直し
タイ現地事業の再点検、提携先の探索、撤退・売却のご検討など、初期的なご相談からお問い合わせください。
関連リンク
- EVシフトと中国部品調達:トヨタの戦略的転換が示す、タイ・東南アジア自動車業界の今(2025年8月公開、2026年10月更新)
- 海外拠点 撤退(現地法人・工場閉鎖)をどう進めるか―現地法人清算の撤退コストと、事業譲渡・M&Aという選択肢
- 【事例分析】ベトナム 進出とチャイナプラスワン戦略の現在地:製造業が直面する「高付加価値化」と「グローバル最適化」
主要参考文献・出所
- タイ国トヨタ自動車(TMT)2025年新車販売実績の発表(2026年1月30日)
- タイ工業連盟(FTI)自動車生産・販売統計(2026年1〜8月)、2026年生産目標の修正(2026年7月)
- ジェトロ・ビジネス短信(2025年の自動車生産・販売:2026年2月5日、バンコク国際モーターショー:2026年4月15日、乗用車BEV・HEV登録:2026年1月15日・8月18日、自動車生産:2026年10月7日、EV補助金の返還方針:2026年10月15日)
- ジェトロ地域・分析レポート「タイでの中資系BEV動向(後編)」(2024年12月19日)、「正念場を迎える『アジアのデトロイト』(タイ)」(2026年9月4日)
- タイ投資委員会(BOI)2025年投資奨励申請統計(2026年1月26日)、EV3/EV3.5の改正(2025年11月25日)、国家EV政策委員会の決定(2026年9月)、HEV・MHEVの物品税措置の資料
- BOI 中国資本の投資案件に関する報告(2025年1〜12月)
- タイ政府 国家EV政策委員会の決定に関する発表(2024年12月4日)
- 合衆新能源汽車の破産重整に関する中国報道各種および関係上場会社の開示(2025〜2026年)
- ロイター(2025年7月4日 NETAとタイEV市場、2024年11月29日 BYDに関する消費者保護委員会事務局の調査)
- 第一財経・界面新聞(2023年5月、長安汽車・朱華栄董事長の発言)
- Bloomberg(2026年2月4日、タイ・サミット・グループに関する報道)
- 各社の発表(スズキ、アイシン、レゾナック、ブリヂストン、ベカルト、東洋紡)
- タイ消費者評議会(NETA購入者の集団訴訟、2026年5月)
- タイ・中国の報道各種(物品税局と販売店の動き、中国系各社の値上げ、長安汽車・BYDの工場、理想汽車、フォードによる旧スズキ工場の取得、ホンダ・日産の工場集約、デンソー、FTIの見通し、内閣の差し戻し、2024〜2026年)
- 日本経済新聞『トヨタがタイで中国部品調達 日系供給網に転機、低コストでEV・HV』(2025年8月2日)