ベトナム進出とチャイナプラスワン戦略の現在地 ― 日系製造業4社の事例と拠点再設計の論点

ベトナム進出

はじめに

米中関係の不確実性と通商政策の変動を受け、生産拠点を中国以外にも分散させる動き(チャイナプラスワン)の受け皿の一つとなってきたのがベトナムです。米国の輸入に占めるベトナムの比率は、2026年1〜8月の累計で7.3%となり、中国の7.6%に迫っています。

一方、2025年の米越関税合意で示された「ベトナム製品に20%、積み替え品に40%」という関税は、2026年2月の米連邦最高裁判決で法的根拠を失いました。その後、一部品目を除く輸入品への10%の課徴金を経て、2026年7月からは別の法律に基づく12.5%の追加関税がベトナム製品に課されています。電力・労働・賃金といった供給側の制約も続いています。

本稿は2025年9月に公開した記事を、2026年10月時点の情報で更新したものです。まず通商環境と供給側の制約に関する事実を出所とともに整理し、次にベトナムに拠点を構えた日本の製造業4社(パナソニック、シャープ、住友電装、福原精機製作所)の動きを確認します。そのうえで、ベトナム進出を検討・再検討する企業が押さえるべき論点を、当社の見立てとして述べます。

1|事実の整理① ― 通商環境と供給側の制約

米国とベトナムの貿易・投資の統計

米商務省センサス局の貿易統計(財、通関ベース)によれば、米国の輸入に占める中国のシェアは2017年の21.6%から2023年には13.9%へ低下し、2023年にはメキシコが中国に代わって最大の輸入相手国となりました。中国は2009年から2022年まで首位でした。

2025年の米国の対中輸入は3,084億ドルで前年から1,304億ドル減り、輸入全体に占めるシェアは約9%に下がりました(センサス局の統計から当社算出)。同じ年の対ベトナム輸入は1,938億ドルで、前年から573億ドル増えています。2026年1〜8月の累計では、中国が1,835億ドル(シェア7.6%、4位)、ベトナムが1,761億ドル(同7.3%、5位)で、両国の差は約74億ドルです(米商務省センサス局 Top Trading Partners)。

ベトナム側の統計では、2026年1〜8月の対米輸出は1,220億ドル(前年同期比23.2%増)で、米国は最大の輸出先です。一方、中国からの輸入は1,619億ドル(同37.3%増)で、中国は最大の輸入元です(ベトナム国家統計局)。米国側の対ベトナム輸入額とベトナム側の対米輸出額の差は、両国の統計で計上の方法(輸入はCIF・輸出はFOBといった価格の基準、原産国の扱い、計上の時点等)が異なることによるもので、本稿では伸び率の比較にはベトナム側の数値を使います。

2026年1〜9月のベトナムの対内直接投資の登録額は503.6億ドルで、前年同期比76.4%増えています(ベトナム国家統計局)。欧州・環太平洋向けの輸出の関税条件は、EUとの自由貿易協定(EVFTA、2020年8月発効)とCPTPP(ベトナムについて2019年1月発効)が定めています。

2025年の米越関税合意

2025年4月2日、米国は国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく相互関税を発表し、ベトナムには46%の税率が示されました。国別の税率は4月9日に90日間停止され、その間は一律10%が課されました。

7月2日、トランプ大統領は両国首脳の電話会談を経て、ベトナムからの対米輸出品に20%、第三国からの積み替え品に40%の関税を課し、米国製品はベトナム市場で無関税になると発表しました(JETRO、2025年7月3日)。JETROが7月4〜9日にベトナム進出日系企業に行ったヒアリングでは、20%であれば影響は比較的限定的とみる企業が多かった一方、二次サプライヤーが中国で製造している場合に中国からの輸入部材と見なされることへの懸念があり、積み替え品の定義と判別方法の公表を求める声が多く聞かれました(JETRO、2025年7月11日)。

20%の税率は、7月31日の大統領令により8月7日から適用されました。同令は、米税関・国境警備局(CBP)が関税回避のための積み替えと判断した物品に、20%に代えて40%を課すと定めましたが、積み替えの定義は示していません。10月26日には、両国が「相互的で公正かつ均衡のとれた貿易に関する協定の枠組み」に関する共同声明を発表しました。米国は20%を維持したうえで一部品目を0%とし、ベトナムは米国の工業品・農産品のほぼすべてに優遇的な市場アクセスを与えること、両国が関税逃れへの対処で協力することなどが盛り込まれています(JETRO、2025年10月29日)。

2026年の制度変更

2026年2月20日、米連邦最高裁は、IEEPAは大統領に関税を課す権限を与えていないと判断しました。同日付の大統領令でIEEPAに基づく関税は終了し、徴収は2月24日の通関分から停止されました。ベトナムに対する20%と、積み替え品への40%も、IEEPAに基づく措置でした。代わって、通商法122条に基づく10%の課徴金が、一部品目を除く輸入品に2月24日から7月24日まで課されました(JETRO、2026年2月24日)。

7月24日からは、各国が強制労働産品の輸入を禁止しているかを対象とした通商法301条の調査の結果として、日本を含む60か国・地域に追加関税が課されています。税率は国・地域によって異なり、ベトナムは12.5%です(JETRO、2026年7月24日)。2026年10月時点で、積み替え品に上乗せする関税は課されていません。

ベトナムについては、過剰生産能力(2026年3月開始、16か国・地域が対象)と知的財産権(2026年5月開始)に関する301条調査も進んでおり、2026年10月時点で措置は公表されていません(JETRO、2026年6月2日、同 2026年10月9日)。米越の通商協定については、ベトナム商工省が2026年10月7日、交渉は概ね完了し早期の署名を目指すと説明しています。

供給側の制約

電力:2023年5月下旬から6月にかけて、北部のハノイ、ハイフォン、バクニン等で計画停電と強い節電要請があり、日系製造業でも約1か月にわたり減産や稼働停止が生じました(JETRO、2023年6月29日)。政府は2025年4月に第8次電力基本計画を改定し、2030年の国内の発電設備容量の目標を183,291〜236,363MWとしました(JETRO、2025年5月7日)。商工省によれば、2025年の全国の最大需要は54,370MW(前年比11.1%増)で、供給は需要を満たしました(ベトナム商工省)。一方、JETROハノイ事務所は2026年3月の資料で、水力発電が北部に集中しているため乾季には電力不足のリスクが高く、北部の予備率は3〜4%と低いと指摘しています。電気料金は2025年5月に平均4.8%引き上げられ、2023年初と比べて18.2%上昇しました(JETRO、2025年5月15日)。

労働・賃金・行政:JETROの「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(2025年8〜9月実施、ベトナムの有効回答906社)では、投資環境上のリスクの上位は、行政手続きの煩雑さ(67.5%)、法制度の未整備・不透明な運用(58.7%)、人件費の高騰(57.3%)でした。直近2年間で採用が困難になったとする企業は48.2%で、北部の製造業では76.0%に上ります(JETRO、2026年2月13日)。日系企業のベースアップ率は2025年が5.5%(見込み)、2026年が5.5%(見通し)です(JETRO 同調査)。地域別最低賃金は、2024年7月に平均6.0%、2026年1月に平均7.2%引き上げられました(JETRO、2025年11月)。

同調査では、2025年の営業利益を黒字と見込む企業は67.5%でした。今後1〜2年に事業を拡大するとした企業は56.9%で、この比率は2年連続でASEANの首位です。JETROは同調査の分析で、現地調達を進めてベトナムでの付加価値を高めることが、積み替え品とみなされるリスクの回避につながると指摘しています(JETRO、2026年2月13日)。

2|事実の整理② ― 日本の製造業4社の動き

4社のうち、中国からの生産移管を進出の理由として明らかにしているのはシャープです。他の3社は、ベトナム市場向けや輸出向けの生産、部品の現地生産のために拠点を設けた事例として取り上げます。なお、ベトナムでは2025年7月1日に省の再編が行われたため、以下では旧省名に現在の行政区分を併記します。

パナソニック:旧ビンズオン省(現ホーチミン市)のVSIP II-A工業団地に室内空気質(IAQ)関連機器の新工場を建設し、2021年10月に天井扇・換気扇の生産・出荷を始めました。2019年10月の起工から約2年です。投資額は約4,500万米ドルで、天井扇はベトナム市場向けに生産を始め、換気扇は2022年度からベトナム、アジア、中東向けに生産を拡大する計画でした。2021年9月の発表時点では、2025年度にIAQ関連機器を約300万台(2020年度の約1.5倍)生産する目標と、2023年度にIAQの研究開発部門を設ける計画を示しています。また、同じ工業団地にある電材(配線器具・ブレーカ)の工場では、2024年1月に新棟(延床10,941㎡)を本格稼働させ、延床面積を約1.6倍に広げました。配線器具の生産能力を2029年度までに2022年の約1.8倍に引き上げる計画です。

シャープ:2020年4月、旧ビンズオン省(現ホーチミン市)のVSIP II-A工業団地にSharp Manufacturing Vietnamを設立しました。現地社長は2023年7月のインタビューで、中国の人件費上昇を受けて東南アジアに目を向けたこと、米中貿易摩擦を受けて中国1拠点での生産をリスクと考える顧客が多かったことを進出の理由に挙げています。中国から移管したのは主に車載用液晶モジュールで、空気清浄機などの白物家電、カメラモジュールなどの電子部品も生産する輸出加工企業(EPE)です。同インタビュー時点では、液晶モジュールのラインは3本で、工場には最大5本まで入るため、2年で5本に増やして生産量を1.5倍以上にする計画が示されていました。

住友電装:Sumidenso Vietnamは2004年に旧ハイズオン省(現ハイフォン市)で設立され、自動車用ワイヤーハーネスを製造しています。ハノイのタンロン工業団地にあるSD Vietnam Industriesは、家電、車両、建機などに使うハーネスを生産しています。フンイエン省のタンロンII工業団地にあるSEWS-Components Vietnamは、ハーネスの部品である自動車用のコネクタ・端子を月1億個超生産しており、住友電装のコンポーネント部門で最大の工場です。SEWS-Components Vietnamは生産能力の拡張を進めており、主な販売先はベトナムです。

福原精機製作所:神戸に本社を置く丸編機メーカーの福原精機製作所は、旧ロンアン省(現タイニン省)のタンキム工業団地にあるレンタル工場(約1,160㎡)にPrecision Fukuhara Vietnamを設けました。2022年8月に工場の引き渡しを受け、同年9月に機械を搬入し、11月に本格稼働する計画でした。

3|この事実から何を読み取るか(当社の見立て)

以上は事実の整理です。ここからは、ベトナム進出を検討する企業への含意を、当社の見立てとして4点述べます。

(1)人件費の上昇を事業計画に織り込む

ベースアップ率5.5%が10年続けば、賃金はおよそ1.7倍になります。最低賃金も2026年1月に平均7.2%引き上げられ、人件費の高騰を投資環境上のリスクに挙げる企業は57.3%に上ります。進出時点の人件費の水準を前提にした事業計画は、数年で前提が崩れる可能性が高いと当社は考えます。立地の評価は人件費の単価ではなく、関税、為替、物流のリードタイム、電力の制約への対策費、品質不良への対応コストまで含めた総コストで行い、シャープの事例のように、顧客の供給分散の要請という売上側の理由も評価に含めることが実態に即しています。

(2)国単位ではなく工程・製品単位で配置を決める

シャープは中国から車載用液晶モジュールを移し、パナソニックはIAQ機器と電材を別の工場で増強し、住友電装はハーネスとその部品であるコネクタ・端子をそれぞれの拠点で生産し、福原精機はレンタル工場から始めています。4社の拠点は、いずれも特定の製品・工程を担うものとして設けられています。当社は、ベトナム進出の設計を、どの工程・製品をどの規模で置くかの選択として行うことが実務に即していると考えます。

(3)部材の現地調達と現地市場を拠点の設計に組み込む

2026年10月時点で積み替え品への上乗せ関税はありませんが、301条の追加関税は原産国ごとに税率が決まり、米越の共同声明には関税逃れへの対処での協力が盛り込まれています。ベトナムの中国からの輸入は2026年1〜8月に37.3%増え、対米輸出の伸び(23.2%増)を上回っており、ベトナムで生産する製品の部材の中国依存が高まっている可能性があります。原産地の判定が厳しくなった場合、中国製部材の比率が高い製品ほど影響を受けやすくなります。

住友電装はハーネスの部品であるコネクタ・端子をベトナムで生産して主にベトナム国内に供給し、パナソニックは天井扇をベトナム市場向けに生産を始めました。当社は、輸出向けの組立だけでなく、部材の現地調達と現地市場向けの販売を拠点の設計に組み込むことが、通商条件の変更への耐性を高めると考えます。

(4)通商条件の変更を前提に、生産の振り替え先を持つ

ベトナム製品に対する米国の追加関税は、2025年4月以降の約1年半で、46%の提示、一律10%、20%の適用、IEEPA関税の終了、122条の10%、301条の12.5%と変わり、さらに2件の301条調査と米越協定の交渉が続いています。特定の税率を前提にした拠点計画は、税率が変われば収益の前提も変わります。301条の追加関税の税率や調査の対象は国・地域によって異なるため、品目と仕向地によっては、ベトナムとタイ、マレーシア、インド等の拠点を組み合わせて生産の振り替え先を持っておくことが、通商条件の変更と電力等のインフラの制約の双方への備えになると当社は考えます。ただし、拠点を増やせば管理コストも増え、自社の管理能力を超えた分散はかえって品質と統制のリスクを生みます。

4|押さえるべき時間軸

3社の事例から、拠点の立ち上げに要した期間がわかります。パナソニックのIAQ工場は起工から生産開始まで約2年でした。シャープの現地社長は、新型コロナの影響で実質的な生産の開始が1年から1年半ほど遅れ、液晶モジュールの本格的な生産は2022年に始まったと述べています。福原精機はレンタル工場を使い、引き渡しから約3か月での本格稼働を計画しました(実績は未公表)。

用地・許認可・立ち上げ・歩留まりの安定までを考えれば、グリーンフィールドでのベトナム進出が収益に寄与し始めるまでには相応の年数がかかります。一方で、既存工程の移管による稼働のように、比較的短期で効果を確認できるものもあります。要点は、単一の年限で進出の成否を判断することではなく、短期(移管した工程の稼働、既存顧客への供給)、中期・5〜7年(工程の現地最適化と収益化)、長期・10年程度(部材の現地調達の拡大や現地開発機能の定着)と、時間軸ごとに検証すべき効果を分けて設計することです。そのうえで、賃金上昇と通商条件の変更を織り込んだ複数のシナリオと、撤退・縮小・再配置の判断基準を事前に用意しておくことを推奨します。

5|M&A・提携という選択肢

グリーンフィールドでの立ち上げ期間を短縮しうる手段が、現地企業のM&Aや資本提携です。稼働中の工場、許認可、人材、顧客基盤を引き継ぐことで、立ち上げに要する期間を短くできる可能性があります。ただし、買収後の統合(PMI)にも期間を要します。進出の目的が生産能力の確保だけでなく、現地の顧客や販路、部材のサプライヤーへのアクセスにある場合、買収・出資はその目的に直接つながります。現地のサプライヤーを取り込むことは、(3)で述べた部材の現地調達の比率を高める手段にもなります。

グリーンフィールドとM&Aの間には、福原精機の事例のように、レンタル工場で小さく始める方法もあります。いずれの方法でも、対象会社やパートナーの品質水準、労務、コンプライアンスの実態はデューディリジェンスで見極める必要があり、外資規制や土地使用権など、ベトナム特有の法制面の確認も欠かせません。

6|当社のご支援について

Syntax Partnersは、日本のM&Aアドバイザリーファームです。FA(ファイナンシャルアドバイザー)専業として、一つの案件では売り手・買い手のいずれか一方のみを支援し、クロスボーダーM&A、合弁(JV)・資本提携を通じたベトナム進出と海外拠点の再編を支援しています。

買い手側では、ご依頼主の戦略に基づく現地の買収候補・提携候補の調査とリスト化、オーナーや親会社への直接の打診、交渉、取引の実行までを支援します。売り手側では、売主様・オーナー様の利益を最大化するアドバイザーとして、既存の海外拠点の持分譲渡や事業の売却を支援し、譲渡先として日本企業に加えて海外の企業も対象とします。対象地域はベトナムをはじめとするASEAN各国を軸に、インド、東アジア、欧米に及びます。

ベトナム進出やサプライチェーンの再設計について、通商・規制・資本構成・パートナー選定の観点から個別のご相談を希望される場合は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

関連リンク

参考資料