(2026年10月更新)
国内のゴム工業で消費される新ゴム(天然ゴムと合成ゴム)の8割強はタイヤ向けで、防振ゴム、ホース、ベルト、シールなどの工業用品は2割弱を占めます。工業用ゴム業界M&Aの公表事例を見ると、ブリヂストン、東洋ゴム工業(現TOYO TIRE)、住友ゴム工業、横浜ゴムといったタイヤ大手と、シールを主力とする部品大手のNOKが、非タイヤ・非中核の事業を、同業の専業メーカー、ファンド、海外の事業会社に移す取引が続いてきました。一方、ニッタ、クリヤマホールディングス、ニチリンなど大阪府・兵庫県に本社を置く専業メーカーは、国内外で事業の取得を進めています。
本稿では、国内外での買収・提携を検討される事業会社の経営企画・事業投資部門、投資ファンドのご担当者、および事業承継や資本政策を検討されているゴム製品メーカーのオーナー・親会社の皆様を念頭に、工業用ゴム業界の市場構造と業界プレイヤーの構図、国内の再編事例、国内企業による海外での買収事例を整理し、買い手が確認する業界固有の要素と、買収・売却それぞれの論点をまとめます。

1. 工業用ゴム業界の市場構造 — 自動車に連動する需要と再編の要因
市場規模
経済産業省の「2025年経済構造実態調査(製造業事業所調査)」によると、ゴム製品製造業の製造品出荷額等は2024年に3兆9,482億円(前年比0.1%減)、事業所数は2,304(2025年6月1日現在、前年比3.2%減)、従業者数は11万1,673人でした(経済産業省「2025年経済構造実態調査 製造業事業所調査 結果の概要」)。この数値はタイヤを含みます。同調査の産業細分類のうち、ゴムベルト製造業、ゴムホース製造業、工業用ゴム製品製造業の3業種を合計すると、事業所数は1,760、従業者数は7万5,725人、製造品出荷額等は2兆268億円で、ゴム製品製造業全体の出荷額の51.3%にあたります。1事業所当たりの従業者数は平均43人です(当社試算)。
日本ゴム工業会の集計では、2025年のゴム工業の新ゴム消費量(2026年3月確定値)は116万7,600トン(前年比100.9%)で、うちタイヤ類が94万8,000トン(構成比81.2%)、工業用品類が20万3,270トン(同17.4%、前年比101.6%)でした。工業用品類の内訳は、ゴムベルトが1万3,530トン、ゴムホースが3万3,070トン、その他の工業用品が15万6,670トンです。同会は2026年の消費量を、タイヤ類が前年比98.3%、工業用品類が同101.3%、合計で115万4,300トン(同98.9%)と予想しています(日本ゴム工業会「新ゴム消費量」)。
出荷金額では、経済産業省の生産動態統計をもとに日本ゴム工業会がまとめた月次統計の2025年1〜12月の合計で、ゴム製品全体が2兆6,413億円(前年比103.7%)、うちゴムベルトが720億円(同99.9%)、ゴムホースが1,422億円(同104.6%)、ベルト・ホース以外の工業用品が7,719億円(同101.8%)でした(日本ゴム工業会「ゴム製品の生産・出荷・在庫の統計」)。2026年1〜7月の累計は、前年同期比でゴムベルトが106.9%、ゴムホースが107.3%、ベルト・ホース以外の工業用品が97.9%です。経済構造実態調査と生産動態統計は、調査の対象範囲と対象期間が異なるため、金額は一致しません。
製品分野別の特性
工業用ゴム製品は、製品によって顧客、採用の決まり方、需要の変動要因が異なります。M&Aでも、どの製品分野で何を持っているかが、買い手の顔ぶれと評価の観点を左右します。
| 製品分野 | 主な用途 | 事業上の特性(本稿で取り上げる各社の開示および当社試算による) |
|---|---|---|
| 防振ゴム | 自動車のエンジンや足回りなど | 自動車メーカー向けの部品で、海外の生産拠点を伴う。ブリヂストンの同事業(2020年の売上収益は約544億円)は、日本、米国、中国、タイ、インドに拠点を持っていた |
| 車体シール | 自動車のドアや窓まわりのシール | 自動車メーカー向けの部品。鬼怒川ゴム工業は車体シール部品を主力とし、2016年時点で9か国に15拠点を持っていた |
| ホース | 自動車、建設機械・農業機械、産業用、住宅 | 用途ごとに顧客が分かれる。ニチリンは自動車用・住宅関連、クリヤマホールディングスは産業用と建設機械・農業機械向けを主な事業とする |
| ベルト | 伝動(自動車、一般産業、農業機械、情報機器)、搬送 | 三ツ星ベルトは伝動ベルトを主力製品とし、2026年3月期のベルトの外部売上高の6割強を海外が占める(当社試算) |
| シール | オイルシール、Oリング、ガスケット | 需要は自動車、一般産業機械、電子・精密機器にわたる。NOKの2026年3月期のシール事業の外部売上高は3,674億円 |
| ゴムロール | プリンター等の事務機器 | 顧客の事業再編と需要の動向に左右される。NOKは2025年、ペーパーレス化の進展と顧客の事業再編などを理由に、同事業の譲渡を決めた |
| 医療用ゴム | 医薬品の包装材、医療用ゴム部品 | 医薬品メーカー向けの用途。住友ゴム工業は2015年に欧州の拠点を取得し、2024年に売却した |
区分は本稿の整理で、日本ゴム工業会の統計区分(ゴムベルト、ゴムホース、その他の工業用品)とは一致しません。
業界再編を動かす5つの要因
- 自動車需要への依存と電動化 — 新ゴム消費量の8割強はタイヤ向けで、工業用品でも自動車向けの比重が高い会社があります。住友理工の2025年3月期の売上高6,333億円のうち、自動車用品セグメントは5,743億円でした。NOKは2023年のエストーの取得にあたり、EV関連の製品ラインアップの拡充を目的に挙げました。自動車の電動化で製品の構成が変わるなかで、EVの電池まわりの製品・技術を持つ会社を、買い手が外部から取得した例があります(事例⑥)。
- タイヤ大手による非タイヤ事業の見直し — 東洋ゴム工業は2017年、化工品事業(建築用免震ゴム事業を除く)をニッタに譲渡し、モビリティを中心とした事業をコア事業領域に据えました。ブリヂストンは2021年、防振ゴム事業と化成品ソリューション事業の譲渡と、コンベヤベルト事業からの撤退を決め、横浜ゴムは同年、隣接分野であるシーリング材などのハマタイト事業をスイスのSikaグループに譲渡しました。住友ゴム工業は2023年10月にゴム製のガス管事業からの撤退を決め(2025年3月末に完了)、2024年にはスイスの医療用ゴム子会社を売却しています。タイヤ大手の非タイヤ事業では譲渡と撤退が続いており、このうち譲渡の判断が、工業用ゴム事業と隣接分野の事業の売り手を生んでいます。
- 用途ごとの需要の変化 — NOKは2025年、事務機器用ロール製品事業を担うシンジーテックの株式の譲渡を決め、その理由として、ペーパーレス化の進展など事務機器市場を取り巻く環境の変化と、外部環境に起因する需要の鈍化や顧客における事業再編を挙げました。特定の用途の需要が縮むと、その用途に依存する事業は、売り手の側で売却の検討対象となります。
- ファンドの保有と出口 — ブリヂストンの化成品ソリューション事業とNOKのシンジーテックの譲渡先はいずれもファンドで、鬼怒川ゴム工業は2016年、日本政策投資銀行(DBJ)が全額出資する会社の公開買付けで非公開化しました。クリヤマホールディングスが2025年に取得したミトヨは、ファンドが株式の78.9%を保有していました。ファンドは、工業用ゴム事業の取引に買い手と売り手の双方として加わっており、本稿の事例でも、ファンドが保有していた会社が事業会社に譲渡されています(事例⑤⑪⑬⑮)。
- 事業承継 — 中小企業庁は、2025年までに70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者が約245万人となり、うち約半数の127万人で後継者が未定となること、このまま廃業が増えれば2025年までの累計で約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があることを試算していました(中小企業庁「事業承継・M&Aに関する現状分析と今後の取組の方向性」)。工業用ゴムの分野でも、個人の株主2名が全株式を保有していた広島県の五反田ゴム工業が2023年に異業種の上場企業に譲渡されるなど(事例⑦)、オーナー企業が株式の譲渡を選ぶ例があります。
2. 業界プレイヤー構図
大手
| 会社 | 本社 | 連結売上高 | 主な領域・直近の動き |
|---|---|---|---|
| NOK | 東京都港区 | 7,384億円(2026年3月期) | シール事業の外部売上高は3,674億円。1960年からドイツのフロイデンベルグと資本・技術提携。2023年にエストーを取得し、2026年1月にシンジーテックの全株式を譲渡。2026年10月1日、イーグル工業との共同株式移転で持株会社のNOK Groupを設立 |
| 住友理工 | 愛知県小牧市 | 6,333億円(2025年3月期。上場廃止前の直近の通期開示) | 自動車用品5,743億円、一般産業用品590億円。住友電気工業の公開買付けと株式売渡請求により、2026年1月29日に上場を廃止 |
NOKのNOK Groupの設立と、住友電気工業による住友理工の完全子会社化は、いずれもグループ内・関係会社間の再編であり、本稿の再編事例には数えていません。
タイヤ大手の工業用ゴム事業は、この10年ほどで範囲が狭まりました。ブリヂストンの化工品・多角化事業は、現在、油圧・高機能ホース、ゴムクローラ、樹脂配管、免震ゴムなどを主な製品としています。住友ゴム工業の産業品他事業の売上収益は378億円(2025年12月期、全社の約3%)で、制振ダンパー、OA機器用ゴム、医療用ゴムなどの高機能ゴムのほか、手袋、防舷材、床材などを含みます。
上場の中堅・専業メーカー
| 会社 | 本社 | 連結売上高 | 主な領域(セグメント・製品別の外部売上高) |
|---|---|---|---|
| バンドー化学 | 神戸市中央区 | 1,193億円(2026年3月期、売上収益) | 自動車部品604億円、産業資材388億円、高機能エラストマー製品144億円 |
| 三ツ星ベルト | 神戸市長田区 | 923億円(2026年3月期) | 伝動ベルトが主力。海外ベルト508億円、国内ベルト290億円、建設資材68億円 |
| ニッタ | 大阪市浪速区 | 918億円(2026年3月期) | ホース・チューブ製品330億円、ベルト・ゴム製品306億円、化工品117億円 |
| クリヤマホールディングス | 大阪市中央区 | 887億円(2025年12月期) | 産業用ホース等。北米事業453億円、アジア事業のうち産業資材事業262億円 |
| ニチリン | 神戸市中央区 | 737億円(2025年12月期) | 自動車用各種ホース、住宅関連ホース |
| タイガースポリマー | 大阪府豊中市 | 501億円(2026年3月期) | 成形品290億円、ホース141億円、ゴムシート55億円 |
表には、大阪府・兵庫県に本社を置く上場の専業メーカーを載せています。売上高と内訳は各社の決算短信・有価証券報告書によります。クリヤマホールディングスの北米事業は地域別のセグメントで、産業資材事業はアジア事業に含まれる事業です。億円未満は四捨五入しています。
表の6社のうち、本稿で取り上げる取得事例があるのは、ニッタ、クリヤマホールディングス、ニチリンです。ニッタは2017年に東洋ゴム工業の化工品事業を取得し、クリヤマホールディングスは2015年にスペインとアルゼンチンにゴム製レイフラットホースの製造拠点を持つLyme Gro Holdingを、2025年には子会社を通じてミトヨを取得しました。ニチリンは2013年に出資したスペインのブレーキホースメーカーを段階的に完全子会社とし、2025年に米国のATCO PRODUCTSを取得しています。このほか、東証のゴム製品業種に属する藤倉コンポジット(2026年3月期の連結売上高402億円、うち産業用資材232億円)は、2022年に生産設備の設計・製作を行う会社を取得しました(第3章)。
大手グループ傘下・合弁の会社
工業用ゴムの分野には、海外企業との合弁や、大手グループの子会社として運営されてきた会社があります。ニッタの持分法適用関連会社であるゲイツ・ユニッタ・アジア(大阪市浪速区、ベルト・ゴム製品事業)は、ニッタの有価証券報告書によると、1971年に米国ユニロイヤルとの合弁で設立されたユニッタが前身で、ニッタの議決権所有割合は49.0%です。米国のゲイツは、同社の株式の51%を保有するとしています。
大手グループの子会社や関連会社では、所有者の交代が続きました。鬼怒川ゴム工業は日産自動車と東洋ゴム工業が大株主でしたが、2016年にDBJが全額出資する会社の傘下に移りました。東洋ゴム工業の化工品事業はニッタ化工品としてニッタの傘下に、ブリヂストンの防振ゴム事業はプロスパイラとして中国の安徽中鼎控股の傘下に、化成品ソリューション事業はアーケムとしてファンドの傘下に、NOKのシンジーテックもファンドの傘下に移っています(第3章)。
オーナー系の非上場企業
非上場の工業用ゴム製品メーカーには、創業家や個人の株主が保有する会社が含まれます。本稿の事例では、五反田ゴム工業(広島県)は個人の株主2名が全株式を保有しており、2023年に全株式を上場企業に譲渡しました(事例⑦)。ゴム製品メーカーが個人の株主から取得した例には、FAシステムの設計・製作を行うテクノロジーサービス(長野県)もあります(事例⑧)。非上場の会社は開示される情報が限られるため、候補先の把握には公開データベースを超えた調査が必要です。
関西への集積
前述の経済構造実態調査によると、ゴム製品製造業の事業所数(2025年6月1日現在)は、大阪府が238(全国の10.3%)で都道府県の1位、兵庫県が133(同5.8%)で5位でした。大阪府に次ぐのは埼玉県の237です。工業用ゴム製品の3業種に限ると、大阪府は186で埼玉県(198)に次ぐ2位、兵庫県は78で、両府県の合計は264(全国の1,760の15.0%)です。本稿で取り上げる企業のうち、ニッタ、ゲイツ・ユニッタ・アジア(大阪市浪速区)、クリヤマホールディングス(大阪市中央区)、エストー(大阪市生野区)、タイガースポリマー(大阪府豊中市)、バンドー化学、ニチリン、住友ゴム工業(神戸市中央区)、三ツ星ベルト(神戸市長田区)は、大阪府または兵庫県に本社を置いています。
3. 国内の工業用ゴム業界M&A事例 — 大手からの切り出し、ファンドの関与、オーナー企業の譲渡、海外企業による取得
事例① ニッタ × 東洋ゴム工業 化工品事業(2017年)— タイヤ大手の工業用ゴム事業を関西の専業が取得
ニッタは2017年7月28日、東洋ゴム工業グループの化工品事業(建築用免震ゴム事業を除く)を承継する新会社の全株式を取得する契約を締結しました。東洋ゴム工業の国内外のグループ会社5社が会社分割等により事業を新会社に集約し、中国(江蘇省の合弁会社)と香港の2社は持分の譲渡で加える方式で、ニッタは新会社の全株式を取得しました。取得価額はクロージング後に価額調整を行う前提の概算で約37億円です。対象事業の2016年12月期の売上高は137億6,300万円、営業利益は11億7,700万円で、拠点は東京、京都府綾部市、福島市、大阪市のほか、タイ、中国の江蘇省、香港にありました。取得は2017年12月27日に完了し、新会社はニッタ化工品となりました。
東洋ゴム工業は譲渡の理由として、全事業を評価したうえで、類する事業に関連した豊富な知見と事業推進基盤を有する既存の有力事業者のもとで事業展開を図ることが最適と判断したことを挙げ、モビリティを中心とした事業をコア事業領域に据えました。ニッタは取得の狙いとして、新たな高機能製品による成長市場での新事業分野の確立と、事業領域の拡大による収益基盤の強化を挙げ、既存事業とのシナジーとして、ゴムや樹脂などの基礎技術・製法が近いことによる研究開発とものづくりの強化、既存の販売ルートの活用、自社の海外拠点を活用したグローバル展開、自社製品とのプロダクトミックスによる提案力の強化を示しました。
本案件は、(i)タイヤ大手が、全事業の評価を経て、非中核の工業用ゴム事業を同業の専業メーカーに移した、(ii)売り手が事業を新会社に集約したうえで株式を譲渡する方式をとり、建築用免震ゴム事業を対象外として切り分けた、(iii)買い手が、ゴムと樹脂の技術・製法の近さ、販売ルート、海外拠点をシナジーの根拠として示した、という点を示しています。
事例② エンデバー・ユナイテッド × ブリヂストン 化成品ソリューション事業(2022年)— タイヤ大手の非タイヤ事業をファンドが取得
ブリヂストンは2021年12月10日、自動車用シートパッド、高機能化成品、OA機器用精密部品からなる化成品ソリューション事業を、エンデバー・ユナイテッドが運営するエンデバー・ユナイテッド2号投資事業有限責任組合に譲渡することを決めました。対象事業の2020年のグローバル連結売上収益は約557億円です。ブリヂストンは2022年1月に新会社アーケムを設立し、吸収分割で国内の事業を集約したうえで、2022年8月1日にアーケムの全株式をファンドに譲渡しました。譲渡価額は公表されていません。フィリピンの製造子会社は、一部の生産の国内工場への移管に時間を要するため、2023年内に個別にアーケムへ譲渡する予定と開示されていました。
ブリヂストンは理由として、事業と従業員の継続的な成長、同社グループのコアコンピタンスとのシナジー、事業の経済性などの観点から総合的に検討した結果、ファンドのもとでの運営が競争力ある事業の存続につながると判断したことを挙げています。同社は譲渡にあたり、顧客への影響の最小化と、従業員の雇用・処遇の維持を原則に掲げました。同じ日に、同社は防振ゴム事業の中国企業への譲渡も決めています(事例⑨)。
本案件は、(i)タイヤ大手が、非タイヤの化成品事業の受け皿として、同業の事業会社ではなくファンドを選んだ、(ii)事業を新会社に集約したうえで全株式を譲渡し、移管に時間のかかる海外子会社は時期を分けた、(iii)売り手が、顧客と従業員の扱いを譲渡の原則として示した、という点を示しています。
事例③ SMBCキャピタル・パートナーズ × NOK シンジーテック(2025〜2026年)— 需要が変化した用途の事業をファンドに譲渡
NOKは2025年10月8日、事務機器用ロール製品事業を担う子会社のシンジーテック(東京都港区)と、その子会社7社(国内1社、深セン・上海・香港・シンガポール・マレーシア・ベトナムの海外6社)の全株式を、SMBCキャピタル・パートナーズが運営するファンドが全額出資する特別目的会社に譲渡する契約を締結しました。対象グループの2025年3月期の連結売上高は228億9,800万円、営業利益は18億3,100万円です。譲渡価額は当事者間の合意により開示されていません。
NOKは理由として、中期経営計画で最適な経営資源配分の推進を重要戦略の一つとしていること、ペーパーレス化の進展など事務機器市場を取り巻く環境が大きく変化し、外部環境に起因する需要の鈍化や顧客における事業再編により事業を取り巻く環境が厳しさを増していることを挙げ、SMBCキャピタル・パートナーズの経営支援のノウハウ、リソース、ネットワークのもとで事業が発展することが望ましいと判断したとしています。株式の譲渡は各国の競争法上の許可の取得後に行うとされ、当初予定の2025年12月より後の2026年1月30日に実行されました。NOKは2026年3月期に関係会社株式売却損93億7,600万円を特別損失に計上しました。
本案件は、(i)大手が、特定の用途の需要の変化と顧客の事業再編を理由に、海外子会社を含むグループ一体でファンドに譲渡した、(ii)売り手が、売却損を負担したうえで経営資源の配分を見直した、(iii)海外子会社を含む譲渡で、各国の競争法上の許可の取得が実行の条件とされた、という点を示しています。
事例④ DBJ × 鬼怒川ゴム工業(2016年)— 自動車メーカーとタイヤ大手が保有株式を手放し、非公開化
自動車用の車体シール部品を主力とし、防振ゴムやホースも手がける鬼怒川ゴム工業(千葉市、1939年創業)は、2016年3月期の連結売上高が801億8,800万円、連結従業員数が4,403名で、9か国に15拠点を持っていました。日本政策投資銀行(DBJ)が全額出資するVGホールディングス第一号は2016年7月、鬼怒川ゴム工業に対する1株780円の公開買付けを開始しました。大株主の日産自動車(20.20%)と東洋ゴム工業(11.86%)は、保有する全株式を応募する契約を結んでいました。公開買付け後の議決権の所有割合は91.83%となり、鬼怒川ゴム工業は同年に上場を廃止しました。東洋ゴム工業は応募の理由として、買付価格等の条件が妥当であることと、鬼怒川ゴム工業の取締役会が賛同していることを挙げています。
DBJは公開買付けの目的として、鬼怒川ゴム工業が「真のグローバル・サプライヤー」を目指すための施策(グローバルな営業、経営・ITの基盤、欧州での生産拠点とM&A、車体シール以外の事業の収益性の改善)を挙げ、非公開化の理由として、短期的なリスクを一般株主に負わせないこと、大型のM&Aや資金調達を迅速に決められることを示しました。DBJは発表時点で、経営陣の留任を希望し、雇用を維持するとしていました。同社は2026年4月1日に持株会社体制に移り、社名を鬼怒川ゴム工業ホールディングスに変更して、国内の事業を新設の鬼怒川ゴム工業に承継させました。2026年3月期の連結売上高は653億円です。
本案件は、(i)自動車メーカーとタイヤ大手という事業上の大株主が、同時に保有株式を手放した、(ii)買い手が、非公開化の理由に、大型のM&Aや資金調達を迅速に決められることを挙げた、という点を示しています。
事例⑤ クリヤマホールディングス × ミトヨ(2025年)— ファンドが保有する自動車用ゴム製品メーカーを事業会社が取得
クリヤマホールディングスは2025年2月14日、子会社のクリヤマジャパンを通じて、ミトヨ(東京都中央区、1965年設立、自動車用ゴム・樹脂・金属製品と産業資材の製造・販売)の全株式(67万9,530株)を61億円(アドバイザリー費用等を除く)で取得すると発表しました。株式の取得による子会社化で、取得の相手先として開示されたのは、ベーシック・キャピタル・マネジメントが業務執行組合員を務めるみのり3号投資事業有限責任組合です。取得の時点の株主構成は、同組合が78.9%、三豊ゴムが10.8%、その他の個人株主が10.3%でした。ミトヨはタイと中国に拠点を持ち、2024年3月期の単体の売上高は104億8,000万円(前期比11.4%増)、営業利益は4,600万円で、その前の2期は営業損失でした。
クリヤマホールディングスは取得の理由として、尿素SCR関連商材を含む産業資材事業とスポーツ・建設資材事業の中長期的な拡大と市場競争力の強化を挙げ、シナジーとして、メーカー機能の強化と事業ポートフォリオの最適化、尿素SCR関連のセンサーからタンクまでの一貫製造、新規のホース・ゴム樹脂製品の開発の加速、スポーツ・建設床材の総合提案力の向上、人材交流、西日本と東日本・九州・タイの拠点の相互補完を示しました。取得は2025年4月に完了し、同社の2025年12月期の産業資材事業の売上高は261億7,900万円(前期比58.0%増)で、ミトヨ等の連結がその増加の要因とされています。ミトヨ単体の寄与額は開示されていません。
本案件は、(i)ファンドが保有していた工業用ゴム製品メーカーの出口として、同業の事業会社が全株式を取得した、(ii)取得の時点で、対象会社は営業損益が黒字に転じた直後であり、買い手は製造機能の強化、製品の一貫製造、拠点の補完をシナジーに挙げた、という点を示しています。
事例⑥ NOK × エストー(2023年)— 大阪の樹脂精密成形メーカーをシールメーカーが取得
NOKは2023年7月26日、エストー(大阪市生野区、1991年設立)の全株式を取得する株式譲渡契約を締結し、2023年10月2日に取得を完了しました。エストーは超精密金型の設計・製作と超精密射出成形品の製造を主な事業とし、精密金型の設計・製造から射出成形品の生産までの一貫した生産体制を持ちます。EV・電子機器向けのリチウムイオンバッテリー用ガスケットやインシュレーターなどを手がけ、リチウムイオンバッテリー用の樹脂ガスケットは大手EVメーカーで採用されています。2023年3月期の売上高は19.7億円、従業員は113名でした。取得価額と売主は開示されていません。NOKは取得の目的として、EV関連の製品ラインアップの拡充を挙げています。
本案件は、(i)ゴムシールのメーカーが、ゴムではなく樹脂の精密成形技術を持つ非上場の会社を取得した、(ii)取得の目的が、EVの電池まわりという特定の用途での製品の拡充にあった、(iii)対象会社の評価の根拠として、金型から成形までの一貫生産と、特定の顧客での採用実績が開示された、という点を示しています。
事例⑦ 三光産業 × 五反田ゴム工業(2023年)— 異業種の上場企業による小規模オーナー企業の取得
ステッカー・ラベル類の印刷を主力とする三光産業は2023年8月10日、有限会社五反田ゴム工業(広島県山県郡北広島町、1989年設立、工業用ゴムの製造・販売)の全株式(5,000株)を、個人の株主2名から取得しました。取締役会の決議、契約の締結、株式の譲渡は同日に行われています。五反田ゴム工業の2023年5月期の売上高は1億9,009万円、営業利益は269万円(前期は1,523万円)、純資産は3,204万円です。取得価額は株式が3,700万円、アドバイザリー費用等の概算が1,500万円で、合計の概算は5,200万円でした。
三光産業は取得の理由として、野菜調理器を製造・販売する連結子会社のベンリナー(山口県岩国市)の製造工程とのシナジー、新たな成長分野の企業を持つことによる事業規模の拡大、既存のラベル印刷事業とのシナジーを挙げています。2025年3月、ベンリナーが五反田ゴム工業を吸収合併しました。なお、三光産業は株式併合により2026年6月25日に上場を廃止しています。
本案件は、(i)売上高2億円弱の工業用ゴム製品メーカーにも上場企業の買い手が付いた、(ii)買い手はゴム製品の同業ではなく、自社グループの製造工程との関係を取得の理由に挙げた、(iii)契約から約1年7カ月後に、対象会社が買い手のグループ会社に吸収合併された、という点を示しています。
事例⑧ 藤倉コンポジット × テクノロジーサービス(2022年)— ゴム製品メーカーによる生産設備の技術の取得
工業用ゴム部品を含む産業用資材を主力とする藤倉コンポジットは2022年5月27日、有限会社テクノロジーサービス(長野県茅野市、1994年設立、FAシステムの設計・製作と産業用電気機械装置の受託開発・生産・保守)の全株式(400株)を取得することを決議し、同年6月13日に株式の譲渡を受けました。相手方は個人で、取得価額は相手方の意向を踏まえて開示されていません。藤倉コンポジットは、自社の自動化装置の開発の一部を対象会社に担わせ、人材の交流と技術・ノウハウの共有によって開発力の強化と開発・生産のコストの削減を図ること、対象会社の側でも財務基盤の強化と受注の平準化が見込めることを、取得の理由に挙げています。
本案件は、(i)ゴム製品メーカーの取得対象が、製品ではなく生産設備の設計・製作の技術であった、(ii)買い手が、自動化装置の開発力の強化と開発・生産のコストの削減を取得の目的とし、対象会社の側にも受注の平準化という利点を示した、という点を示しています。
事例⑨ 安徽中鼎控股 × ブリヂストン 防振ゴム事業(2022年)— 中国の企業グループによる日本の工業用ゴム事業の取得
ブリヂストンは2021年12月10日、防振ゴム事業を、防振ゴムをコア事業とする中国・安徽省の安徽中鼎控股(集団)股份有限公司に譲渡することを決めました。ブリヂストンが新会社を設立して国内の防振ゴム事業を吸収分割で集約し、海外の拠点を含めてその新会社の全株式を譲渡する方式です。事業の範囲は、本社(東京都中央区)と化工品技術センター(横浜市)の防振ゴム部門、静岡県の掛川・磐田の生産拠点、金型を製造する御前崎の子会社、米国、中国(常州)、タイ、インドの拠点で、2020年のグローバル連結売上収益は約544億円でした。ブリヂストンは理由として、事業と従業員の継続的な成長、自社のコアコンピタンスとのシナジー、事業の経済性などを総合的に検討した結果、防振ゴム事業をコア事業とする同社のもとで成長を目指す方が、競争力ある事業の存続につながると判断したことを挙げています。
新会社の名称はプロスパイラです。完了の予定は、一部の国の規制当局の承認手続きが完了していないことから当初の2022年7月から延期され、2022年9月1日に株式の譲渡が完了しました。インドの子会社はこの譲渡から外し、後日個別に譲渡する予定とされました。ブリヂストンの2025年12月期の決算短信でも、一部の会社の個別譲渡は予定のままと記載されています。譲渡価額は公表されていません。
本案件は、(i)タイヤ大手が、日本と海外の拠点を含む工業用ゴム事業を新会社に集約し、同じ事業をコアとする海外の事業会社に譲渡した、(ii)一部の国の規制当局の承認が、国境をまたぐ取引の完了の時期を左右し、一部の国の子会社は時期を分けた、という点を示しています。
事例⑩ (隣接業界)Sika × 横浜ゴム ハマタイト事業(2021年)— タイヤ大手のシーリング材事業を海外の建設化学品メーカーが取得
隣接する接着剤・シーリング材の分野では、横浜ゴムが2021年4月、建築用シーリング材、自動車用シーリング材・接着剤、ウレタン防水材などのハマタイト事業を、スイスのSika AGの日本法人である日本シーカに譲渡する契約を締結しました。国内の事業は新会社のシーカ・ハマタイト(神奈川県平塚市)に吸収分割で移したうえで全株式を譲渡し、中国は事業・持分の譲渡、米国とタイは資産の譲渡とする方式で、横浜ゴムは、事業価値172億円で合意し、運転資本等で調整すると開示しました。Sikaは価格を開示していません。対象事業の2020年度の売上高は141億4,100万円です。取引は2021年11月1日に完了しました。横浜ゴムは、市場の競争が激しくなるなかで、Sikaのもとで成長のビジョンを構築することが最適と判断したとしています。Sikaは、対象事業の技術、ノウハウ、人材を評価し、日本市場での地位を大きく強化するとしています。
本案件は、(i)タイヤ大手の非タイヤ事業の譲渡先が、海外の同分野の事業会社であった、(ii)国ごとに株式・事業・資産の譲渡を使い分けて、海外拠点を含めて一体で移した、という点を示しています。同じ分野では、ベルギーのSoudalが2024年末、大阪に本社を置き1960年に村上家と宮田家が創業したシーリング材・接着剤メーカーのシャープ化学工業の過半数の株式を取得しました。Soudalの発表では、シャープ化学工業の社名とブランドは維持されます。
海外企業による日本の工業用ゴム企業への関与には、取得のほかに、長期の合弁と資本提携の形もあります。NOKは1960年からドイツのフロイデンベルグと資本・技術提携の関係にあり、ゲイツ・ユニッタ・アジアは米国のゲイツが51%、ニッタが49.0%を保有する合弁会社です(第2章)。
4. クロスボーダーの工業用ゴム業界M&A事例 — 国内企業による海外での買収
国内で売却や提携を検討するオーナーにとっては、国内の大手・専業メーカーがどのような基準で何を買っているかが、自社が買い手からどう評価されるかを考える材料になります。国内外での買収を検討する事業会社にとっては、同業の投資基準と価格の水準の参照例になります。以下では、取得の条件や経緯が開示されている案件を取り上げます。価格の水準は、株式・持分の取得価額と対象会社の売上高の比で示しており、純有利子負債は開示がないため含んでいません。
事例⑪ 東海ゴム工業 × Dytech・Anvis(2013年)— ファンドが保有する欧州の自動車部品メーカー2社の取得
東海ゴム工業(現住友理工)は2012年12月17日、イタリアの自動車用ホースメーカーDytech-Dynamic Fluid Technologiesの全株式を6,250万ユーロで取得することを決め、2013年2月27日に取得を完了しました。Dytechの2011年の売上高は3.1億ユーロ、従業員は3,500名で、9か国に拠点を持っていました。売り手は、プライベート・エクイティのAthena Private Equity(49.41%)をはじめとする投資会社と個人です。東海ゴム工業は2013年1月25日、ドイツの防振ゴムメーカーAnvis Groupの全株式を、投資会社H.I.G.の傘下会社(90.0%)などから取得すると発表しました。Anvisの2011年の売上高は3.05億ユーロ、従業員は約2,000名、9か国に13拠点で、取得価額は公表されていません。売り手のH.I.G.は、2013年5月に売却の完了を公表しています。
東海ゴム工業は取得の理由として、欧州が日本の自動車メーカーにとって重要な市場であること、グローバルな生産体制の構築、日系以外の自動車メーカーとの取引の拡大を挙げ、2社の取得で拠点を置く国は8か国から15か国に増えるとしていました。2社は2017年に、SumiRiko ItalyとSumiRiko AVS Holding Germanyに社名を変更しています。
本案件は、(i)国内の自動車用ゴム部品メーカーが、ファンドが保有する欧州の同業2社を相次いで取得し、拠点の国を一度に増やした、(ii)Dytechの取得価額は、同社の2011年の売上高の約2割にあたる水準であった(当社試算)、(iii)買い手は、日系の顧客への供給と、日系以外の顧客の開拓の双方を取得の理由に挙げた、という点を示しています。
事例⑫ クリヤマホールディングス × Lyme Gro Holding(2015年)— 空白地域への拠点を一度に取得
クリヤマホールディングスは2015年5月13日、子会社のKuriyama Europeを通じて、キュラソーの持株会社Lyme Gro Holdingの全株式を取得することを決め、5月21日に取得を完了しました。同社の傘下には、スペイン(バルセロナ)とアルゼンチン(ブエノスアイレス)でゴム製レイフラットホースを製造・販売する会社、スペインのコンパウンド工場、米国の販売会社があり、株主は創業家の2名でした。取得価額は3,300万ユーロ(アドバイザリー費用約200万ユーロを含む見込み額)で、対象の2014年12月期の売上高は4,423万ユーロ、営業利益は880万ユーロでした。
クリヤマホールディングスは取得の理由として、グローバルな製造拠点の展開の加速と製品の多角化を挙げ、空白拠点であった欧州・南米に一挙に拠点を展開できること、北米向けに同社の製品を既に仕入れており品質の評価が高いこと、ホース事業とのシナジー、ゴムホースの製造への進出を示しました。
本案件は、(i)取引先として製品の品質を確かめていた海外の仕入先を取得した、(ii)創業家が保有する海外の会社を、持株会社ごと全株式で取得した、(iii)買い手が、拠点のない地域への展開と、ゴムホースの製造への進出を同時に図った、という点を示しています。
事例⑬ 住友ゴム工業 × Lonstroff(2015年取得、2024年売却)— 医療用ゴムの欧州拠点の取得と売却
住友ゴム工業は2015年1月8日、スイス・アールガウ州のLonstroff Holding AG(医療用包装材、医療用ゴム部品、産業用ゴム包装材などを製造・販売するLonstroff AGの持株会社)の全株式を、ベルン証券取引所に上場するPEファンドのBV Holding AGから取得すると発表しました。取得価額は4,400万スイスフラン(約53億円)で、対象会社の売上高は約53億円(2014年12月期の見込み)、従業員は約170名です。住友ゴム工業は取得の理由として、医療用ゴム部品事業の拡大と、世界的に成長が期待される医療用ゴム部品の製造・販売拠点を欧州に確保することを挙げました。
住友ゴム工業は2023年12月、Lonstroff AGの全株式を、オランダの投資会社Nimbusが運営するファンド傘下のNCM Investments VII B.V.に譲渡することを決めました。理由は、新型コロナウイルス感染症の影響による生産性改善の遅れと、その後の原材料の高騰で収益性が悪化し、短期での改善が難しいと判断したことです。Lonstroff AGの2022年12月期の売上収益は4,647万スイスフラン、事業利益は1,163万スイスフランの損失で、住友ゴム工業の有価証券報告書によると、2023年12月末時点の債務超過額は148億9,300万円でした。住友ゴム工業は2023年12月期に約117億円の事業再構築費用を見込み、譲渡は2024年1月31日に完了しました。
本案件は、(i)タイヤ大手が、成長が見込まれた医療用ゴムの拠点を、ファンドから対象会社の年間売上高とほぼ同額の価格で取得した、(ii)取得後に収益性が悪化し、取得から約9年後に別のファンドへ売却した、(iii)売り手は売却にあたり、取得価額の2倍を超える事業再構築費用を見込んだ、という点を示しています。
事例⑭ ニチリン × HUTCHINSON NICHIRIN BRAKE HOSES(2013〜2018年)— 合弁への出資を経た段階的な取得
ニチリンは2013年7月、スペインのHUTCHINSON NICHIRIN BRAKE HOSESに出資(出資比率30%)して関連会社としました。2016年10月には、2012年11月に締結した合弁契約・株主間契約に基づき、合弁相手のHutchinsonから40%を約600万ユーロで追加取得して70%とし、子会社化しました。同社の2015年12月期の売上高は約2,170万ユーロ、営業利益は約110万ユーロです。ニチリンは目的として、欧州の自動車メーカーへのグローバル規模での参入の拡大を挙げています。2018年8月には残りの30%を約400万ユーロで取得して完全子会社とし、社名をNICHIRIN SPAINに変更しました。
本案件は、(i)海外のブレーキホース事業を、合弁への出資、子会社化、完全子会社化の3段階で取得した、(ii)子会社化のための追加取得が当初の合弁契約・株主間契約に基づいて行われ、最初の出資から完全子会社化まで約5年をかけた、という点を示しています。
事例⑮ ニチリン × ATCO PRODUCTS(2025年)— ファンドが保有する米国の大型車向け配管メーカーの取得
ニチリンは2025年3月21日、米国テキサス州のATCO PRODUCTS LLC.(1967年設立、大型トラック・バス向け等の金具・ホース組立・バッテリークーラー用配管などの製造・販売)の全持分を、米国ミシガン州のプライベート・エクイティ投資会社Fidelis Holdingsから取得する契約を締結し、2025年4月30日に取得を完了しました。ATCOの2024年12月期の売上高は2,782万米ドル(約42億円)です。適時開示では取得価額を守秘義務により開示せず、連結純資産の15%の範囲内としていましたが、その後の半期報告書では、取得の対価を現金800万米ドル、アドバイザリー費用等を1億6,100万円と開示しています。
ニチリンは取得の理由として、中期経営計画で掲げる成長分野の強化・拡大と新たな事業の創造によるグローバルでの利益体質の強化を挙げ、北米の既存事業が乗用車・ATV用のホースであるのに対し、ATCOは米国製の大型トラック・バス向け配管を大手の部品メーカー・自動車メーカーに供給しており、北米の大型トラック・バス向け部品市場への本格参入が可能になること、技術・ノウハウ・ネットワークの活用によるシナジーを示しています。
本案件は、(i)国内の自動車用ホースメーカーが、北米の大型トラック・バス向けという新しい市場への参入を海外での取得で図った、(ii)売り手はファンドで、ファンドの出口として事業会社が取得した、(iii)取得の対価は、対象会社の年間売上高の3割弱の水準であった(当社試算)、という点を示しています。
5. 工業用ゴム業界M&Aで買い手が確認する業界固有の要素
工業用ゴム製品メーカーのM&Aでは、財務数値に加えて、業界に固有の要素が確認されます。事例の買い手と売り手が公表した取得・譲渡の理由とシナジーをもとに、製品・技術、販売、生産の3つに整理します。
- 製品・技術 — どの用途で、どの顧客の製品に採用されているかです。EV・電子機器向けのリチウムイオンバッテリー用ガスケット(事例⑥)、大型トラック・バス向けの配管(事例⑮)、尿素SCR関連の製品(事例⑤)、医療用ゴム部品(事例⑬)のように、用途を特定した製品と技術が取得の理由に挙げられています。ゴムと樹脂の技術・製法の近さ(事例①)、金型の設計・製作から成形までの一貫生産(事例⑥)、生産設備の設計・製作の技術(事例⑧)も評価の対象となりました。
- 販売 — 顧客の構成と、用途ごとの需要の見通しです。事例③では、事務機器向けの需要の変化と顧客の事業再編が譲渡の理由でした。買い手の側では、事例①の買い手が既存の販売ルートの活用を、事例⑤の買い手が総合提案力の向上を、事例⑪の買い手が日系以外の自動車メーカーとの取引の拡大を、事例⑭⑮の買い手が欧州の自動車メーカーや北米の大型トラック・バス向け市場への参入を挙げています。事例⑫では、買い手が仕入先として品質を確かめていたことが取得の前提にありました。
- 生産 — 国内外の生産拠点、工程と設備、製造機能の範囲です。事例①③では海外の拠点を含む事業がまとめて移り、事例②⑨でも一部の国の子会社を除いて海外の拠点が一体で移りました。事例⑪⑫の買い手は拠点を置く国・地域を一度に増やしました。事例⑤の買い手はメーカー機能の強化、一貫製造、拠点の相互補完を、事例⑧の買い手は自動化装置の開発力の強化を目的としています。
6. 工業用ゴム業界の買い手の類型
本稿の事例に表れた買い手は、大きく3つに分けられます。
- 国内の事業会社 — 同業の工業用ゴム・樹脂製品メーカー(ニッタ、クリヤマホールディングス、NOK、藤倉コンポジット:事例①⑤⑥⑧)と、異業種の事業会社(三光産業:事例⑦)です。海外の対象を取得した東海ゴム工業、クリヤマホールディングス、住友ゴム工業、ニチリン(事例⑪〜⑮)も、この類型に入ります。事例の買い手は、製品と技術の補完、販売ルートと拠点の活用、自社の製造工程との関係を取得の理由に挙げています。事例⑦では、取得後に対象会社が買い手のグループ会社に吸収合併されました。
- ファンド・投資会社 — ブリヂストンの化成品ソリューション事業(事例②)、NOKのシンジーテック(事例③)、Lonstroff(事例⑬の売却時)の譲渡先で、いずれも大手の非中核事業の受け皿となりました。DBJが全額出資する会社による鬼怒川ゴム工業の非公開化(事例④)では、事業上の大株主の保有株式の受け皿となっています。ファンドは売り手としても登場し、ミトヨ(事例⑤)、Dytech・Anvis(事例⑪)、Lonstroff(事例⑬の取得時)、ATCO(事例⑮)では、ファンドが保有していた会社を事業会社が取得しています。
- 海外の事業会社 — 防振ゴムをコア事業とする中国の安徽中鼎控股が、ブリヂストンの防振ゴム事業を国内外の拠点ごと取得しました(事例⑨)。隣接するシーリング材の分野では、スイスのSikaとベルギーのSoudalが日本の事業を取得しています(事例⑩)。取得のほか、フロイデンベルグとNOK、ゲイツとニッタのように、資本提携や合弁の形で長く関係を続ける例もあります。
7. 買収・提携を検討する事業会社・投資ファンドへの示唆
本稿の事例から、工業用ゴム製品メーカーの買収・提携を検討する事業会社と投資ファンドにとっての論点を3つに整理します。
① 対象先の所在
事例の対象先は、大きく3つの所在に分かれます。1つ目はタイヤ大手と部品大手の非中核事業で、東洋ゴム工業の化工品事業(事例①)、ブリヂストンの化成品ソリューション事業と防振ゴム事業(事例②⑨)、NOKの事務機器用ロール製品事業(事例③)、隣接分野では横浜ゴムのハマタイト事業(事例⑩)が、同業の専業メーカー(ニッタ)、ファンド、海外の事業会社(安徽中鼎控股、Sika)に移りました。2つ目は、事業会社やファンドが株式を保有していた会社で、日産自動車と東洋ゴム工業が大株主だった鬼怒川ゴム工業(事例④)はDBJが全額出資する会社の傘下に移り、ファンドが78.9%を保有していたミトヨ(事例⑤)はクリヤマホールディングスが取得しました。3つ目は個人の株主が保有する非上場企業で、個人の株主2名が全株式を保有していた五反田ゴム工業(事例⑦)は異業種の上場企業に、個人が保有していたテクノロジーサービス(事例⑧)はゴム製品メーカーに譲渡されています。
非上場の会社は開示される情報が限られ、候補先の把握には公開データベースを超えた調査が必要です(第2章)。事例⑫の買い手は、取得の前から対象会社の製品を仕入れて品質を確かめていました。対象先の取得には、既存の取引関係を含めて、親会社やオーナーへの直接の打診が必要になります。
投資ファンドは、大手の非中核事業の受け皿(事例②③)、事業上の大株主の保有株式の受け皿(事例④)として買い手となり、売り手としては、保有していた会社を国内外の事業会社に譲渡しています(事例⑤⑪⑮、事例⑬の取得時)。事例⑬のLonstroffは、事業会社が保有した後に別のファンドへ売却されました。
② 取引の形
大手の非中核事業では、事業を新会社に集約したうえで株式を譲渡する形がとられ(事例①②⑨⑩)、事例①では建築用免震ゴム事業を対象外とし、事例②⑨では一部の国の子会社の譲渡の時期を分け、事例⑩では国ごとに株式・事業・資産の譲渡を使い分けました。開示された価格は、事例①が約37億円(対象事業の売上高は137億6,300万円)、事例⑩が事業価値172億円(同141億4,100万円)です。海外子会社を含むグループ一体の全株式の譲渡(事例③)もあります。
上場会社では、事業上の大株主が保有株式の全てを応募する契約を結んだうえでの公開買付けによる非公開化(事例④)がありました。非上場会社では全株式・全持分の取得(事例⑤⑥⑦⑧)が中心で、事例⑤は61億円、事例⑦は株式3,700万円(別に費用の概算1,500万円)です。海外では、合弁への出資から子会社化、完全子会社化へと約5年をかけた段階的な取得(事例⑭)や、創業家が保有する持株会社ごとの全株式の取得(事例⑫)があります。
ファンドが保有していた海外の会社の取得価額は、事例⑪のDytechが売上高の約2割、事例⑬が売上高とほぼ同額、事例⑮が売上高の3割弱でした(いずれも当社試算)。投資ファンドにとっては、事業会社への売却の参照例になります。どの形をとるかは、親会社・オーナーの意向と、買い手の統合計画によって決まります。
③ 売り手が重視する点
大手の売り手は、譲渡先を選んだ理由を公表しています。東洋ゴム工業は、全事業を評価したうえで、類する事業に関連した知見と事業推進基盤を有する既存の有力事業者のもとで事業展開を図ることが最適と判断したとしています(事例①)。ブリヂストンは、事業と従業員の継続的な成長、自社のコアコンピタンスとのシナジー、事業の経済性などを総合的に検討した結果、ファンドのもと、あるいは防振ゴムをコア事業とする会社のもとでの運営が競争力ある事業の存続につながると判断したとし、顧客への影響の最小化と従業員の雇用・処遇の維持を譲渡の原則に掲げました(事例②⑨)。NOKは、ファンドの経営支援のノウハウ、リソース、ネットワークのもとで事業が発展することが望ましいと判断したとしています(事例③)。事業の状況が変わった後の譲渡では、売り手が売却損(事例③)や事業再構築費用(事例⑬)を負担しています。
個人が売り手の事例⑧では、取得価額が相手方の意向を踏まえて開示されず、買い手は対象会社の側の利点として財務基盤の強化と受注の平準化を示しています。隣接分野のSoudalは、村上家と宮田家が創業したシャープ化学工業の社名とブランドを維持するとしています(事例⑩の後段)。
これらの説明からは、事例の売り手が、価格に加えて、譲渡後に事業の成長を担える買い手であるかどうかと、従業員の雇用・処遇や顧客への影響を、譲渡の判断の要素としていたことがうかがえます。
8. ゴム製品メーカーのオーナー・親会社が検討すべき論点
売却や資本提携を検討するオーナー・親会社の側では、次の3点が検討の出発点になります。
① 買い手候補の範囲
国内では、タイヤ大手やシールメーカーの非中核事業を、同業の専業メーカー(事例①)、ファンド(事例②③)、海外の事業会社(事例⑨、隣接分野の事例⑩)が取得しています。小規模なオーナー企業の取得では、ゴム製品の同業ではない上場企業が買い手となりました(事例⑦)。国内の大手・専業メーカーは海外でも取得を進めており(事例⑪〜⑮)、事例①の買い手は自社の海外拠点を活用した対象事業のグローバル展開をシナジーに挙げています。海外拠点を持つ国内の買い手にとっては、対象会社の製品を海外で展開できるかが評価の観点の一つになります。取得のほか、フロイデンベルグとNOK、ゲイツとニッタのように、資本提携や合弁の形で海外企業との関係を長く続ける例もあります(第2章)。買い手候補は、国内の同業、異業種の事業会社、ファンド、海外の事業会社の中から、自社の製品・顧客・拠点と補完関係にある企業を洗い出すことから検討します。
② 自社の資産の整理
第5章の3つの要素(製品・技術、販売、生産)ごとに、自社のどの資産が、どの買い手にとって補完になるかを整理しておくと、買い手候補との協議で評価の根拠を示すことができます。事例⑥のように金型から成形までの一貫生産と特定の顧客での採用実績が開示される場合や、事例⑧のように生産設備の技術が取得の対象となる場合もあるため、製品に加えて工程と設備まで含めて整理しておくことが必要です。事例③では用途の需要の変化が売り手の譲渡の判断を左右しており、どの用途の売上が、どの顧客に、どの程度依存しているかは、買い手も同じ観点で確認すると考えられます。
③ 取引の形と時期
第7章②の取引の形のうち、どれが適するかは、承継の意向、従業員や取引先との関係、譲渡後の経営への関与の希望によって変わります。時期の面では、国境をまたぐ取引で、事例⑨では一部の国の規制当局の承認手続きが完了の延期の理由となり、事例③では各国の競争法上の許可の取得が実行の条件とされ、実行は当初の予定より後になりました。事例⑦では取締役会の決議、契約の締結、株式の譲渡が同日に行われ、約1年7か月後に対象会社が買い手のグループ会社に吸収合併されています。既存の取引先や合弁相手との資本関係が将来の選択肢を左右する場合もあるため(事例④⑭)、現在の資本・取引関係を含めて選択肢を整理しておくことが必要です。
9. Syntax Partnersができること
Syntax Partnersは、日本のM&Aアドバイザリーファームで、M&Aのファイナンシャル・アドバイザー(FA)専業です。一つの案件では、売り手・買い手のいずれか一方のみを支援します。工業用ゴムを含む素材・部品の分野で、国内案件とクロスボーダー案件の双方に対応しています。
買い手側の支援
国内外での買収を検討される事業会社・投資ファンドに対し、貴社の戦略に基づく対象候補の調査・リスト化(非上場のオーナー企業、企業グループ内の事業を含む)から、オーナー・親会社への直接の打診、交渉、取引の実行までを支援します。投資ファンドのアドオン買収や、大手グループからの切り出し案件の候補探索にも対応します。工業用ゴム業界では、大手グループからの切り出しに加えて、公開情報の少ない非上場のオーナー企業が対象となります。日英を含む多言語で対応します。
売り手側の支援
売主様・オーナー様の利益を最大化するアドバイザーとして、事業承継と売却を支援します。投資ファンドが保有する企業の売却も対象とします。譲渡先の候補は国内の同業に限らず、異業種の事業会社、ファンドに加えて、海外の戦略買い手も対象とします。
- 買い手候補の探索:国内の同業、異業種の事業会社、ファンド、海外の戦略買い手まで、貴社の製品・顧客・拠点と補完関係にある先を洗い出し、直接アプローチします。
- 業界理解に基づく取引支援:用途ごとの採用の決まり方、顧客の構成、ゴム・樹脂の成形技術と生産拠点など、工業用ゴム業界に固有の要素を踏まえて、買い手候補への説明と条件の協議を進めます。
- オーナーの意向を反映した交渉:従業員の雇用、取引先との関係、創業家の関与のあり方など、オーナーが重視する条件を明文化し、買い手候補との交渉に反映します。
事業承継、グループ再編、海外の買い手への譲渡、国内外での買収を検討されている経営者・オーナーの皆様からのご相談を承ります。初回相談は無料です。お気軽にお問い合わせください。
本稿は、各社の公式発表・IR資料・有価証券報告書、業界団体・官公庁の統計等の公開情報に基づき、Syntax Partners, Inc. が業界動向を整理したものです。