化粧品OEM/ODM(受託製造業)は、化粧品ブランドの背後にある「もう一つの化粧品産業」です。世界中の有名ブランドの製品開発から生産までを一手に担いながら、表に出ることが少ない業界ですが、日本国内には大手から中小まで数百社規模のプレイヤーが存在し、特に大阪・関西は国内最大手のTOA(旧 日本コルマー)本社のお膝元として、化粧品OEMの一大集積地となっています。

2024年6月の日本コルマーホールディングス(大阪市中央区)によるトキワ・コスメティクス・グループ買収を皮切りに、業界再編は一気に加速しています。本稿では、化粧品OEM業界のM&A動向と業界構造を整理し、中堅・中小オーナーが事業承継・資本政策を検討する際の論点を解説します。
業界構造 — 2.6兆円市場の背後で広がる受託製造の世界
経済産業省「化粧品製造業をめぐる状況」(2025年12月)によれば、日本の化粧品市場の基礎データは次の通りです。
- 2023年 国内化粧品製造業 出荷額:約1.3兆円
- 2023年 化粧品 輸入額:約0.4兆円(韓国・フランス・中国からの伸びが顕著、特に韓国は前年比123.8%)
- 日本市場規模(メーカー出荷ベース、ブランド販売額):約2.6兆円(世界第4位)
- 業界構造:プレステージ化粧品の市場シェアは、上位5社で約4割、上位10社で約5割、約3,000社で残り約5割 — 少数の大企業と多数の中小企業に二極化
そのブランド側の背後で、製造を一手に担っているのが化粧品OEM/ODM業界です。化粧品ブランドの多くは自社工場を持たず、商品企画・マーケティングに特化し、生産は受託製造業者に委託する体制をとっています。化粧品の処方設計、薬機法対応、容器調達、充填、品質保証までを一気通貫で担えるOEM/ODMの存在が、化粧品産業の競争力の源泉となっています。
矢野経済研究所「化粧品受託製造市場に関する調査」によれば、2025年度の化粧品受託製造市場は前年度比102.0%の3,619億円と見込まれています。コロナ禍からの回復、インバウンド需要、韓国・中国系ブランドの日本生産シフトなどを背景に、底堅い成長が続く市場です。
関西は国内最大手TOAをはじめ大阪・南部に集積
化粧品OEM業界では、関西、特に大阪が最大の集積地となっています。
- TOA株式会社(旧 日本コルマー、大阪市中央区北浜、1912年創業) — 化粧品OEM/ODMの国内売上トップシェア。2024年3月期売上高635億円。八尾工場、柏原工場をはじめ国内7工場・5研究所体制。
- 東洋ビューティ株式会社(大阪市中央区久太郎町、1941年設立) — 売上高275億円(2024年12月実績)。少量多品種から大量生産まで対応。
- 株式会社コスメテックジャパン(大阪市中央区上町、1885年創業、グループ年商130億円) — ISO22716(化粧品GMP)取得。
- ピアス株式会社(大阪市淀川区) — 自社ブランド事業とOEM事業を並行展開。
- 株式会社ベイコスメティックス(大阪府泉佐野市) — 中堅独立系OEM、自社製造に加え2025年9月にM&Aで規模拡大(後述)。
- エア・ウォーター・リアライズ株式会社(旧 ダイゾーニチモリ、エア・ウォーター傘下) — 化粧品・エアゾールOEM/ODMの中核企業。
大阪に集積する背景としては、(1)昭和初期から続く化粧品メーカー(資生堂大阪工場、コーセー、阪急百貨店経由の販路など)の歴史的存在、(2)阪神工業地帯のプラスチック容器・印刷・包装サプライチェーン、(3)大阪南部から泉州地域にかけての精油・芳香原料の流通拠点、などの産業基盤があります。
業界再編が進む5つの構造要因
- 顧客(化粧品ブランド)の二極化 — 大手ブランドはサプライヤー集約、新興D2Cブランドは小ロット・短納期を要求。両極を同時に対応できるOEMは限られる
- 韓国・中国系ブランドの日本生産シフト — 「Made in Japan」需要の高まりで、海外ブランドが日本のOEMに製造委託する動きが加速。生産能力が逼迫
- 薬機法・GMP対応の投資負担増大 — ISO22716、品質システム、トレーサビリティ対応で中小単独運営が困難に
- オーナー高齢化と後継者不在 — 1960〜70年代創業の地域OEMで世代交代が一斉に到来
- PEファンドの参入とエグジット — カーライル・グループ等のPEがOEMを所有・成長させた後、戦略バイヤーに売却するサイクルが本格化(トキワが代表例)
直近のM&A事例 — 再編の方向性
(1) 日本コルマーホールディングス × トキワ・コスメティクス・グループ(2024年6月公表)— 国内最大級の業界再編、関西大手によるPEファンド傘下企業の取得
化粧品OEM国内最大手TOA(大阪市中央区、2024年3月期売上高635億8,000万円)を傘下に持つ日本コルマーホールディングスは、2024年6月6日付プレスリリースで、米PEファンド大手The Carlyle Groupが運用・管理するファンドから、トキワ・コスメティクス・グループ(東京本社、岐阜県中津川市本店、創業70年超)の全株式を譲り受けることについてカーライル・ファンドと合意したと発表しました(日本コルマーHD 株式会社トキワ・コスメティクス・グループの全株式取得に関するお知らせ/2024年6月6日 PDF)。取得金額は非公表ですが、業界紙等の報道では1,000億円規模と推察されています。
トキワは2023年12月期売上高299億円、岐阜県中津川市本店、国内5工場・1研究所体制で、国内外で400以上の特許を取得しているメイクアップ(アイメイク・リップ・ペンシル等)に強みを持つOEM/ODMです。カーライル・ファンドは2019年4月に同社に投資、約5年3ヶ月のホールド期間を経てエグジットしました(トキワ プレスリリース/2024年6月6日)。
両社は、TOAがスキンケア・ヘアケアに優位性、トキワがメイクアップに優位性という補完関係にあり、合計売上高は約930億円超となります。TOA管理本部 新谷浩孝氏は「トキワはグローバル市場におけるメイクアップやカラーコスメ領域で主要な地位を占めており、クライアントとの強い関係性を構築しており収益性も高い」とコメントしています。パートナーシップ実行後もトキワの社名・経営陣・運営は維持される方針です。
本案件は、(i)国内化粧品OEMの最大級再編、(ii)関西大手による全国展開強化、(iii)PEファンドからのエグジットを戦略バイヤーが受け止めた典型例として、業界の再編サイクルを象徴する案件です。
(2) ベイコスメティックス × 合同会社サンパック(2025年9月30日完了、大阪府内同士のM&A)— 中堅独立系オーナー同士のグループ化
大阪府泉佐野市に本社を置く独立系化粧品OEM、株式会社ベイコスメティックス(代表取締役:加藤聡太)は、2025年9月30日付で、化粧品・医薬部外品の充填・包装工程を専門に手掛ける合同会社サンパック(大阪府岸和田市、代表社員:山本篤)の全持分を取得し完全子会社化したと2025年10月1日付プレスリリースで公表しました(ベイコスメティックス プレスリリース/2025年10月1日)。
このM&Aにより、ベイコスメティックスグループの充填ラインは7ラインに到達し、月産130万本の生産が可能になります。2026年6月までに月産200万本、年間約2,400万本の製品供給体制を構築することを目標としています。「企画段階から製造、充填、包装までをグループ内で一気通貫して行える体制」を強化し、「海外メーカーからの製造ニーズにも積極的に対応していく」方針が示されています。
本案件は、(i)大阪府内のオーナー系OEM同士の経営統合、(ii)多品種・小ロットから大ロットまでの製造体制の補完、(iii)海外(特に韓国・中国系ブランド)からの製造受託拡大、といった中堅独立系企業の典型的な成長戦略を示しています。「単独で生き残る化粧品OEMの数は限られる」という業界共通認識のもと、トキワのような大型案件だけでなく、地域オーナー同士の中規模M&Aも本格化していることを示す案件と言えます。
(3) 日本色材工業研究所 × ハーバー小諸工場(2025年12月17日適時開示、約6億5,000万円)— 上場OEMによる工場資産取得型M&A
東証スタンダード上場の化粧品ODMメーカー、株式会社日本色材工業研究所(証券コード4920、東京都港区、2025年2月期売上高176.3億円、フランス子会社2社を有する)は、2025年12月17日付取締役会で、ハーバー株式会社の小諸工場(長野県小諸市、土地4,927㎡・建物1,424㎡)を約6億5,000万円で購入することを決議したと開示しました(日本色材工業研究所 会社説明会資料/2025年12月17日 PDF)。契約日は2025年12月23日、引渡日は2026年3月25日予定。
これにより、同社は既存の座間工場(神奈川県)・つくば工場(茨城県)に加え3工場体制を構築し、生産能力を10%弱増強します。小諸工場は化粧品の充填・包装・仕上げ工程の専用拠点となる予定です。
日本色材工業研究所は1930年創業、メイクアップ領域に強みを持つODMで、2000年にフランスのテプニエ社(TPC、現在従業員125名)、2017年にOrleans Cosmetics(NSF、現在従業員39名)を買収し、「メイド・イン・フランス/メイド・イン・ジャパン双方の選択肢を提供できる」点を最大の差別化要素としています。同社は会社説明会資料で「中長期的な生産能力の確保について、M&Aや工場等資産購入も含めて検討・準備を継続」と明言しており、業界の生産能力逼迫を背景に「会社買収」だけでなく「工場資産取得」も含む幅広い手段でのキャパシティ拡大競争が始まっていることを示しています。
(4) エア・ウォーター・リアライズ × ナノエッグ消費者向け化粧品事業(2024年2月譲受)— 大手事業会社による事業選択型M&A
エア・ウォーター傘下の化粧品・エアゾールOEMであるエア・ウォーター・リアライズ株式会社は、2024年2月、株式会社ナノエッグ(神奈川県川崎市)の一般消費者向け化粧品事業を譲受しました(エア・ウォーター・リアライズ 公式サイト ニュースリリース)。
エア・ウォーター・リアライズは、2023年8月にミサワ医科工業と統合し、化粧品OEM・エアゾール・医療機器周辺事業を横断的に手掛ける中堅事業会社として再編された企業です。大手事業会社グループのインフラを背景に、(i)化粧品OEM、(ii)エアゾール充填、(iii)医療機器周辺、を多角的に展開しており、事業会社系プラットフォームによるロールアップの典型例となっています。
(5) 三井物産 × Dermaceutical Laboratories(D-LAB、米国、2023年8月公表、総投資額約80億円)— 大手商社によるクロスボーダーOEM取得
三井物産株式会社は、2023年8月21日付プレスリリースで、米国ニュージャージー州に本社を置く化粧品受託製造業者Dermaceutical Laboratories, LLC(D-LAB)の全株式を取得し完全子会社化したと発表しました(三井物産 米国化粧品製造受託事業者の買収/2023年8月21日)。株式の取得金額と運転資金などに充てる融資を合わせた総資金は約80億円です。
D-LABはスキンケアを中心とした受託製造に強みを持ち、米国成長中のクリーンビューティ・ナチュラル系ブランド向けの受託で実績を積み上げてきた企業です。三井物産は、ビューティ・パーソナルケア(BPC)領域の米州中核事業として位置付け、保有する素材調達力、機能性素材、新技術提案とのシナジーで**「事業群形成」**を目指す戦略を表明しています。
本案件は、(i)大手商社が化粧品OEMを「自社事業」として直接保有する選択をした、(ii)米国市場(世界最大の化粧品市場)へのアクセス確保、(iii)「事業群形成」というロールアップ戦略の明示、という3点で日本のOEMオーナーにとって重要な示唆を持ちます。大手商社系プラットフォームへの事業譲渡という選択肢が、単独成長以外の現実的な道として浮上していることを示す案件です。
(6) コーセー × PURI CO., LTD.(タイ「PAÑPURI」、2024年12月公表)— 完成品ブランド側の関連参考案件
国内大手化粧品メーカーの株式会社コーセー(証券コード4922)は、2024年12月10日付プレスリリースで、タイのホリスティックウェルネスブランド「PAÑPURI(パンピューリ)」を展開するPURI CO., LTD.(バンコク市、売上高25億8,000万円、営業利益5億800万円)の株式79.89%を取得し子会社化することを発表しました(コーセー ニュースリリース/2024年12月10日)。取得予定日は2024年12月30日。
本件はOEMではなくブランド側の買収ですが、(i)日系大手ブランドがアジア新興国の自然派・ホリスティック系ブランドを取り込む方向性、(ii)グローバルサウス市場での日系プレゼンス拡大、を示しており、これらの動きは、OEM側にも**「グローバルサウス向け製造対応力」「ナチュラル・ホリスティック処方の開発力」**という新たな要求として跳ね返ってきます。OEMオーナーは、こうしたブランド側の戦略変化を読みながら、自社の処方ポートフォリオと提携先を見直す必要があります。
化粧品OEMのM&Aで重視される評価軸
化粧品OEMのM&Aにおいて、買い手が評価するポイントは、一般的な製造業とは異なる業界固有の論点があります。
- 処方ノウハウ・特許の質と数 — トキワが「400以上の特許」を持つことが評価された通り、独自処方の蓄積は最大の無形資産
- 顧客ポートフォリオの分散 — TOAは「500社以上の顧客」を強調する通り、特定顧客への依存度が低いことが評価される
- 薬機法・GMP対応のレベル — ISO22716認証、海外規制対応力(特に欧州CPNP、中国NMPA、米国MoCRA)
- 生産設備の汎用性と専用性のバランス — 多品種小ロット対応か、大ロット量産対応か、両立できるか
- 充填ライン数と稼働率 — ベイコスメティックスの事例のように「ライン数×月産能力」が直接的な評価軸
- 製品カテゴリの幅 — スキンケア/メイクアップ/ヘアケア/ボディケアのうち、何分野に対応できるか
- 海外対応力 — 「Made in Japan」訴求力、海外ブランドからの直接受託実績、海外規制対応の人材
これらは、化粧品メーカーや一般機械メーカーのM&A評価とは異なる、業界固有の論点です。だからこそ、買い手候補との交渉や、自社の強みの言語化において、業界構造を深く理解したアドバイザーの関与が決定的に重要になります。
中堅・中小オーナーが今、本当に考えるべきこと
化粧品OEM業界のオーナー経営者の方々と日々お話しする中で、多くの方が以下のような構造的課題に直面されています。
- 「単独成長か、グループ参加か」の岐路 — 国内市場の成熟、薬機法対応投資、人材確保のいずれもが単独経営の負担になりつつある
- 大手化粧品メーカーからの集約圧力 — 取引先大手が「サプライヤー数を絞り込む」と通告してきている
- 韓国系・中国系ブランドからの製造依頼急増 — 機会だが、品質要求と納期プレッシャーが厳しく、対応に追われている
- 後継者問題 — 創業家二代目・三代目で経営手腕に不安、または親族外承継を検討
- PEファンドからの打診 — 投資ファンドからのアプローチが増えているが、その後のエグジットシナリオに不安
こうした課題への解は、「いつ、誰に、どういう条件で、どう承継・譲渡するか」を、業界構造の理解に基づいて戦略的に設計することにあります。重要なのは、「M&A仲介会社から提示された買い手」をそのまま検討するのではなく、買い手候補を業界構造から逆算して、戦略的に絞り込み、こちらから能動的にアプローチするプロセスです。
買い手候補としては、大きく以下の4類型があります。
- 大手商社系プラットフォーム(三井物産×D-LABの事例のように、化粧品OEMを「事業群」として保有する戦略を取る大手商社)
- 事業承継型プラットフォーム(日本コルマーHDのように、化粧品OEM専業として国内外でロールアップを進める企業)
- PEファンド系(カーライル・グループのように、5〜7年のホールド期間でEBITDA成長を実現してエグジットを目指す)
- 上場事業会社系(日本色材工業研究所、エア・ウォーター・リアライズのような上場・準上場の事業会社)
それぞれの買い手類型ごとに、評価軸、デューデリジェンスの重点、買収後の経営方針、リテンション条件、シナジー創出の方向性が大きく異なります。
Syntax Partnersのご支援内容
化粧品OEM業界は、「処方ノウハウ」「顧客リレーション」「規制対応」「生産能力」など、業界外からは見えにくい無形資産の塊である業界です。M&Aの成否は、これら業界固有の評価軸をどれだけ深く理解し、それを買い手に正しく伝えられるかにかかっています。
(1) 業界構造の深い理解に基づく戦略立案 — 薬機法・GMP動向、海外規制(欧州CPNP・中国NMPA・米国MoCRA)の動向、化粧品ブランド側の戦略変化を踏まえたうえで、貴社にとって最適な選択肢(独立継続/資本提携/完全譲渡/一部事業譲渡)を整理します。
(2) 主要企業との直接のリレーションに基づくアプローチ — 大手商社系・事業承継型プラットフォーム・PEファンド系・上場事業会社系それぞれの主要プレイヤーとの直接のリレーションを基盤に、貴社の戦略・規模・カルチャーに最も適した相手先を絞り込み、能動的にアプローチします。仲介会社経由のリスト送付型プロセスとは根本的に異なる、相対型・戦略型のディール組成を行います。
(3) オーナーの意思決定プロセス全体への伴走 — バリュエーション分析、初期接触、ノンバインディングオファー、デューデリジェンス対応、最終契約交渉、PMI(統合後経営)まで、オーナー経営者の意思決定プロセス全体に伴走します。特に化粧品OEMのバリュエーションでは、EBITDAマルチプルだけでなく、「処方資産」「顧客ポートフォリオ」「設備の戦略的価値」を適切に評価する独自のフレームワークを用います。
化粧品OEM業界のM&A・事業承継に関するご相談は、随時お受けしております。具体的な売却・買収のご検討段階だけでなく、「自社の業界内ポジションを客観的に評価したい」「数年先を見据えた選択肢を整理したい」といった検討段階のご相談も歓迎いたします。