地方企業の海外進出はなぜ成功したか ― 8番らーめんの タイ進出 30年に学ぶ

タイ進出 Bangkok

はじめに

石川県金沢市に本社を置く株式会社ハチバンの「8番らーめん」は、1992年4月にバンコクで海外1号店を開きました。2026年10月1日現在、タイの店舗数は180店舗です(同社公表)。同社の有価証券報告書によれば、2026年3月20日時点の店舗数はタイが175店舗、日本国内が125店舗で、タイの店舗数が国内を上回っています。北陸の地方チェーンのタイ進出が、なぜここまでの事業になったのか。

本稿では、ハチバンとタイの運営会社の公表資料、公的機関の調査、報道をもとに事実関係を整理したうえで、そこから読み取れる含意を当社の見立てとして述べます。あわせて、タイ進出の検討で必ず論点となる外資規制(外国人事業法)と参入スキームを整理します。

1|事実関係の整理

(1)タイ進出の年表

  • 1991年10月:タイの運営会社 THAI HACHIBAN CO., LTD.(以下、タイハチバン)が設立される。
  • 1992年4月:バンコクのショッピングセンター「シーロムコンプレックス」内に1号店を開設。
  • 1997年:スープエキス・調味料の製造会社 DOUBLE FLOWERING CAMELLIA(以下、DFC)をタイに設立。
  • 2000年:東北部(ナコンラチャシマ県)と東部(チョンブリ県シラチャ)に初めて出店(タイハチバン公表)。
  • 2005年:食材の輸出入を担う HACHIBAN TRADING (THAILAND)(以下、ハチバントレーディング)を設立。
  • 2006年:タイハチバンが、200店舗分の食材を供給できるセントラルキッチンをパトゥムタニ県のナワナコン工業団地に竣工(タイハチバン公表)。
  • 2013年:タイ100店舗を達成し、記念商品としてトムヤムクンらーめんをタイで初めて販売(ハチバン公表)。なお、タイハチバンの年表は100号店の開店を2014年としています。
  • 2019年3月:食材・備品をタイ国内の店舗へ配送する倉庫物流機能を備えたディストリビューションセンターが稼働。
  • 2019年7月:ベトナム・ホーチミン市に1号店を開設。
  • 2023年度(2024年3月期):タイで第2セントラルキッチンが稼働(ハチバン有価証券報告書)。
  • 2026年3月20日:タイ175店舗、ベトナム3店舗(ハチバン有価証券報告書)。
  • 2026年10月1日:タイ180店舗(ハチバン公表)。

ディストリビューションセンターと第2セントラルキッチンの保有主体は、公表資料では確認できません。

(2)資本と契約の枠組み

8番らーめんのタイ事業は、店舗運営・製造・貿易の機能ごとに、ハチバンの出資の形が異なります。本稿では、ハチバンが現地の株主とともに出資する会社(タイハチバン、DFC)を合弁と呼びます。

  • 店舗運営:タイハチバンが担います。ハチバンが2017年5月に公表した適時開示(ハチバンが自己株式をタイハチバンに割り当てた取引の開示)によれば、タイハチバンの資本金は1億9,240万バーツで、株主はタイ人の個人4名(計85.62%)とハチバン(14.38%)です。マネージング・ディレクターはタイ人株主の1人が務め、ハチバンの社長がタイハチバンの取締役を兼務していました。
  • 契約:同じ開示によれば、タイハチバンはハチバンからのライセンス供与により8番らーめん店をチェーン展開し、ハチバンはその対価としてロイヤリティを得ています。ハチバンの有価証券報告書は、タイの相手先を「エリアライセンス契約先企業」と記載しています。
  • 製造:DFC(サラブリ県)は、ハチバンが議決権の38.6%を持つ持分法適用関連会社です。ハチバンの公表によれば、日本と海外の8番らーめんの店舗で使うスープはDFCが製造しており、日本の8番らーめんのスープエキスはすべてタイからハチバントレーディングを通じて輸入しています。
  • 貿易:ハチバントレーディングは、ハチバンが議決権の100%を持つ連結子会社です。

2017年より後のタイハチバンの株主構成は、ハチバンの開示では確認できません。タイハチバンはハチバンの連結子会社・関連会社には当たらず、2026年3月期の有価証券報告書の「関係会社の状況」にも記載はありません。

(3)価格と商品

タイハチバンの公式サイトに掲載されたメニュー(2026年10月閲覧)では、ラーメンの価格は88〜138バーツです。主な商品は次のとおりです。

  • 8ちゃん麺(醤油らーめん):88バーツ
  • 味噌らーめん:105バーツ
  • ぱいたん麺:108バーツ
  • 豚骨醤油らーめん、トムヤムチャーシュー麺:各115バーツ
  • トムヤムクンらーめん、スパイシー辣醤麺:各138バーツ

日本の看板商品である野菜らーめんにあたる商品は、炒め野菜をのせた味噌らーめんとぱいたん麺として掲載されています(メニューの日本語表記は「野菜らーめん味噌」「野菜らーめんぱいたん」)。一方、トムヤムクンらーめんはタイで生まれた商品で、2022年にはタイ出店30周年を記念して日本でも期間限定で販売されました(ハチバン公表)。

比較の目安として、ジェトロ・バンコク事務所の「2025年度タイ国日本食レストラン調査」は、タイの日本食レストラン5,781店舗のうち、客単価が100バーツ以下の店舗を784店舗、101〜250バーツを2,116店舗、251〜500バーツを1,490店舗、501〜1,000バーツを689店舗と集計しています(タイの飲食店レビューサイトWongnaiのデータに基づく)。残る702店舗は、客単価が1,000バーツ超の店舗と、客単価を確認できない店舗です。客単価には飲み物やサイドメニューが含まれるため、ラーメン1杯の価格とは同じ指標ではありません。

(4)出店の広がりと事業規模

  • 出店地域:ハチバンが公表するタイの店舗一覧(2026年10月1日現在の180店舗)を当社が所在地で集計すると、バンコク都が70店舗、周辺5県(ナコンパトム、ノンタブリ、パトゥムタニ、サムットプラカン、サムットサコン)が39店舗、その他の地方が71店舗で、店舗の所在は40都県(タイは全77都県)に及びます。
  • 出店場所:同じ一覧の店名を見ると、店舗の大半はショッピングモールや大型スーパーなどの商業施設内にあります。
  • 市場の中での位置:ジェトロの同調査によれば、2025年のタイの日本食レストランは5,781店舗で、2007年の調査開始以来初めて前年を下回りました。業態別ではラーメンが823店舗(前年802店舗)で、店舗数が増えた2業態の一つです。
  • 事業規模:タイの報道(Marketeer、2026年6月)によれば、タイハチバンの売上高は2023年が27.24億バーツ、2024年が30.60億バーツ、2025年が30.31億バーツです。前述のとおりタイハチバンはハチバンの連結の範囲外であり、この売上高はハチバンの連結業績には含まれません。
  • 今後の目標:ハチバンは「中期経営計画2028」で、2028年度(2029年3月期)の海外店舗数の目標を218店舗としています。2026年3月20日時点の海外178店舗(タイ175、ベトナム3)から40店舗の増加です。

2|この事例から何を読み取るか(当社の見立て)

以上は事実の整理です。ここからは、当社の見立てとしての含意を、価格と導線、供給網、合弁の順に述べます。

(1)価格と出店の導線を、タイの消費者の日常に合わせたこと

ここでいう導線とは、消費者が日常的に足を運ぶ場所のどこに店を置くかを指します。8番らーめんのラーメンは88〜138バーツで、ジェトロが集計する日本食レストランの客単価でいえば、100バーツ以下の帯から、店舗数が最も多い101〜250バーツの帯の下側にかけての水準です(客単価とは指標が異なるため目安です)。出店は1号店からショッピングセンター内で、現在も大半が商業施設内にあり、180店舗のうち110店舗がバンコク都外にあります。日本食レストラン全体でバンコク都外の店舗が占める比率は約55%(ジェトロ調査の地域別店舗数から当社算出)であり、8番らーめんの約61%はこれを上回ります。

当社は、この価格と出店場所の組み合わせが、バンコクの在留邦人ではなく、地方を含むタイの消費者全般を対象とする事業の前提になっていると見ています。商品面では、トムヤムクンらーめんのようなタイ発の商品を加える一方、野菜らーめんにあたる商品を残しています。現地化と、日本で築いた商品の維持を両立させている例と位置づけられます。

(2)供給網を、先行投資と増強の組み合わせで整えたこと

手頃な価格を保つには、それを支える原価構造が要ります。年表のとおり、8番らーめんのタイ事業は、調味料製造(1997年)、貿易機能(2005年)、セントラルキッチン(2006年)、物流拠点(2019年)、第2セントラルキッチン(2023年度)と、製造・物流の機能を段階的に整えてきました。このうち2006年のセントラルキッチンは200店舗分の供給能力を持ち、100店舗の達成(2013〜2014年)に先行して整備されています。一方、第2セントラルキッチンについて、ハチバンの有価証券報告書は「店舗数の拡大に合わせ」て稼働させたと説明しています。

当社は、店舗数に先行して供給能力を確保し、店舗網が広がった段階で増強するという投資の組み方が、味の再現性と、手頃な価格を保てる原価構造の両方に寄与していると見ています。加えて、日本の8番らーめんのスープエキスをすべてタイから輸入している点は、進出先の拠点が本国の供給網の一部を担う段階に達していることを示しています。

(3)店舗運営はタイ側が過半を持つ会社が担い、ハチバンはライセンスと合弁で関与したこと

価格と供給網への投資を30年余り続けられた要因の一つは、資本の組み方にあると当社は見ています。2017年時点の開示では、店舗運営を担うタイハチバンの株式はタイ人株主が85.62%を持ち、ハチバンは14.38%の少数株主として、ブランドと商品をライセンス供与し、ロイヤリティを得る立場にありました。製造を担うDFCではハチバンが議決権の38.6%を持ち、貿易を担うハチバントレーディングは全額出資です。ハチバンは、機能ごとに出資の比率を変えています。

この組み方には、店舗網の拡大に伴う出資の負担と現地の経営をタイ側が担い、ハチバンはブランドとスープの製造という供給網の要所に関与するという役割分担がみられます。また、次章で述べるとおり、飲食店はタイの外国人事業法で外国人の参入が規制される業種であり、タイ側が過半を持つ運営会社は、この規制と整合させやすい形でもあります。

一方で、合弁とライセンスの組み合わせは、取決めを誤ると身動きが取れなくなる形態でもあります。当社が実務で確認するのは、株主間契約における重要事項の決定方法・取締役構成・配当方針・行き詰まった場合の解消手続と、ライセンス契約における対象地域・期間・ロイヤリティの算定方法・品質基準・契約終了時の商標の扱いです。これらを契約段階で定めておくことで、意思決定が行き詰まらずに事業を拡大できます。

3|外資規制の論点 ― 外国人事業法(FBA)と参入スキーム

タイ進出の検討では、外国人事業法(Foreign Business Act, B.E. 2542)への対応が避けて通れません。飲食店に関する要点は次のとおりです。

  • 区分:飲食店は、外国人事業法の規制業種リストのうち第3表(19)「飲食物販売」に該当します(ジェトロ)。外国人事業法は、外国資本が50%以上の会社を「外国人」として扱うため、許可を得ずに飲食店を営む場合は、外資比率を50%未満とする資本構成が基本になります。
  • 許可と例外:第3表の業種は、外国人事業委員会の承認を経て商務省事業開発局(DBD)長が許可した場合に営むことができます。ただし、ジェトロの資料(2017年時点)は、飲食業でこの許可を取得することは原則として困難であり、タイ投資委員会(BOI)の投資奨励の対象にも該当しないとしています。同資料によれば、日タイ経済連携協定(JTEPA)により、日本企業は450平方メートル以上の面積を有するレストランについて、登録資本金5,000万バーツ以上等の条件を満たせば60%まで出資できます。
  • 最低資本金:外国人に当たる会社は200万バーツ以上、許可を要する業種では原則として300万バーツ以上です(ジェトロ)。
  • 名義貸し(ノミニー):タイ人の名義を借りて外資規制を回避する行為は、外国人事業法第36条で禁止されており、3年以下の懲役もしくは10万〜100万バーツの罰金、またはその併科の対象です。
  • 執行の強化:2026年1月1日から、外資比率50%未満の会社や外国人が取締役を務める会社の登記申請に、タイ人株主の銀行取引明細書の提出が求められています。タイ商務省は2026年3月24日に追加策を発表し、4月1日から、全株主が正当に出資し払い込んだこと、名義人として外国人を支援していないことの書面による証明を求めています(ジェトロ)。5月11日には、タイ特別捜査局(DSI)とDBDが観光地の名義貸しの合同捜査指針を協議し、サムイ島・パンガン島の11,426社をリスク別に分類して調査を始めています(DSI)。

タイ進出で、タイ側が過半を持つ会社に日本企業が少数出資する形を取る場合、当局の審査は登記書類の形式にとどまらず、タイ側株主の出資の実態に及びます。タイ側パートナーが自己資金で出資し、議決権と配当を実際に持つ構造であるかを、出資の時点で確認しておくことが前提になります。この論点と実務対応は、当社ブログの別稿で詳しく扱っています。

4|進出を検討する企業が押さえるべき時間軸

本事例からもう一点読み取れるのは時間軸です。8番らーめんのタイ進出の歩みを、1号店の開設(1992年)からの経過年数で分けると次のようになります。

  • 短期:商業施設内の立地と価格設定による集客(1号店の開設時から)。
  • 中期(5〜7年前後):調味料製造会社DFCの設立(5年後)と、地方への初出店(8年後)。
  • 長期(10年以上):200店舗分のセントラルキッチンの竣工(14年後)、100店舗の達成(21〜22年後)、180店舗(34年後)。

当社は、短期の成果が集客、中期の成果が供給網の内製化の着手と地方展開の始まり、長期の成果が原価と品質を支える供給網の完成と全国への店舗網であると見ています。本事例の長期の成果は、10年を大きく超える期間をかけて積み上がっています。

海外進出の効果を単一の年限で判断するのではなく、短期・中期(5〜7年)・長期(10年程度)のそれぞれの時間軸で実現すべき効果を事前に定義し、時間軸ごとに検証することを推奨します。供給網への投資の順序、そして撤退・縮小の判断基準も、この仕分けの上で設計するのが実務的です。

5|当社のご支援について

Syntax Partnersは、日本のM&Aアドバイザリー・ファームです。FA(ファイナンシャルアドバイザー)専業として、一つの案件では売り手・買い手のいずれか一方のみを支援します。

売り手側では、売主様・オーナー様の利益を最大化するアドバイザーとして、事業・株式・持分の譲渡を支援します。国内の事業承継・売却においても、譲渡先として海外企業を対象とします。買い手側では、ご依頼主の戦略に基づく対象候補の調査・リスト化から、オーナー・親会社への直接の打診、交渉、取引の実行までを支援します。

タイ進出では、合弁・資本提携の相手となるタイ企業の探索から、出資比率・株主間契約・ライセンス契約の設計、交渉、クロージングまでをご支援します。進出だけでなく、現地合弁の再編や持分の譲渡・撤退もご支援の対象です。

タイ進出やASEAN展開について、市場・規制・資本構成・パートナー選定の観点から個別のご相談を希望される場合はお気軽にお問い合わせください。

関連リンク

参考出典

  • 株式会社ハチバン「海外事業」「タイの店舗情報」(店舗数は2026年10月1日現在)
  • 株式会社ハチバン 有価証券報告書(第54期:2024年3月期、第56期:2026年3月期)
  • 株式会社ハチバン「第三者割当による自己株式の処分に関するお知らせ」(2017年5月8日)
  • 株式会社ハチバン プレスリリース(2022年7月4日。トムヤムクンらーめんの経緯、タイの1号店)
  • THAI HACHIBAN CO., LTD. 公式サイト「History」「Menu」(2026年10月閲覧)
  • ジェトロ・バンコク事務所「2025年度タイ国日本食レストラン調査」(2026年1月)
  • ジェトロ「タイ 外資に関する規制」(2025年10月30日更新)
  • ジェトロ「外食(Restaurant)タイ」(2017年)
  • ジェトロ ビジネス短信「タイ商務省、外国人による『名義貸し』行為の取り締まりを強化」(2026年4月6日)
  • タイ特別捜査局(DSI)公表資料(2026年5月11日)
  • 外国人事業法(Foreign Business Act, B.E. 2542)英訳
  • Marketeer(2026年6月15日。タイハチバンの業績)