海外販売代理店の買収 — 海外事業強化を検討する日本企業が押さえるべき論点

海外販売代理店の買収

海外の販売代理店のオーナーから、引退を考えているという話が出た。あるいは社内で、そろそろ現地の販売機能を自社で抱えたほうがよいのではないかという議論が始まった。

海外販売代理店の買収 は、海外事業を次の段階に進める局面で検討されることのある選択肢です。ゼロから販売網を立ち上げる場合と比べ、顧客基盤、現地人材、許認可、市場での実績を一度に取得できること、また相手が長年の取引を通じて内容を把握している先であることが、この方法の特徴です。

一方で、何を目的に置くかによって、買収が適切な手段かどうかは変わります。本稿では、海外販売代理店の買収を検討する日本の大手・中堅企業に向けて、この選択肢の位置づけと、検討にあたっての論点を整理します。

1. 日本企業による実行例

日本企業が自社の海外販売代理店を買収した例は、業種・規模ともに幅があります。公表されているもののうち、性格の異なる4件を挙げます。

ダイキン工業は、欧州事業の展開にあたり、現地の販売会社を買収することで販路網を構築しました。同社の社史および有価証券報告書によれば、ドイツでの販売会社買収を起点に、イタリア、イギリス、ポルトガルほか欧州主要国で買収を連続的に実行しています。中国では自前で販売網を構築したのに対し、欧州は国ごとに気候も商習慣も異なることから、既存の現地販売会社を取り込む方法を選んだとされます。一度の判断ではなく、20年以上にわたって継続された取り組みです。

キッコーマンは、1969年に米国の日系食品卸であるジャパン・フード・コーポレーション(現JFCインターナショナル)に経営参加しました。米国で醤油を普及させるための流通基盤の確保が目的でしたが、これが同社の海外卸売事業の起点となり、報道によれば同事業は全社売上高の約4割を占めるに至っています。

朝日インテックは、2021年にイタリアの販売代理店であるKARDIA S.R.L(ミラノ)の持分70%を取得し、子会社化しました。公表資料および報道によれば、対象会社の規模は売上高24億1,000万円、営業利益6億800万円で、イタリア市場における直販体制の構築が目的とされています。同社は同年、第三者割当による新株予約権の発行で約302億円を調達しており、その使途のひとつに海外の販売代理店の買収を挙げています。

日立建機は、1988年から続いた米ディア社との米州における合弁事業を2021年8月に解消すると発表し、2022年3月から独自の販売・サービス網での事業を開始しました。同社の発表および報道によれば、新車販売から部品交換・メンテナンス・遠隔監視といった領域へビジネスモデルを転換するなかで、収益性の高い領域が提携先の役割となっていたことが見直しの背景にあります。

ここに挙げたのは公表されている一部です。海外事業の本格化にあたって販売チャネルの持ち方を見直すこと自体は、以前から行われてきました。

2. 何のために買うのか — 代替手段との比較

買収を前提に検討を始めないことが、この類型では特に重要です。代理店契約の条件改定、合弁化、一部地域に限った買収、現状維持といった選択肢を並べたうえで、なお買収でなければ得られないものがあるかを確認する工程を置きます。

海外販売代理店の買収 によって得られるものとして、実務上挙げられるのは次の点です。

顧客接点。誰が、いくらで、なぜ買っているのか。失注の理由は何か。代理店を通す限り、これらの一次情報は代理店側に留まります。情報を握っていることは代理店にとって交渉力そのものであり、開示を求めても限界があります。

代理店には依頼しにくい投資の実行。教育プログラム、臨床エビデンスや実証データの構築、規格認証の取得、アプリケーション開発、新規用途や小口顧客の開拓。いずれも回収に時間がかかる、あるいは短期的には採算に乗らないため、独立した事業者である代理店が自らの判断で行うことは通常ありません。

下流収益。部品、保守、消耗品、稼働データに基づくサービス。機械、設備、医療機器、分析機器のように販売後の関与が続く商材では、設置ベースを持つ側にしか取れない収益領域があります。前掲の日立建機の例は、この論点が正面から出た事例です。

取扱権の維持。代理店が第三者やファンドに売却された場合、自社製品の取扱権ごと相手方の傘下に入ることになります。防衛的な動機から検討が始まる場合もあります。

これらのうち、自社にとって決定的なものはどれか。それが特定できれば、契約条件の見直しで足りるのか、資本を入れる必要があるのかの判断ができます。

3. 目的がマージンの改善にとどまる場合

検討の初期段階で、代理店マージンが自社に戻るという試算が出ることがあります。これは投資余力の裏づけにはなりますが、それ自体を目的に据えることには無理があります。

代理店の利益の相当部分は、自社が設定した仕切価格に由来します。仕切価格の改定や契約条件の見直しによっても一定の効果は得られるため、その差分をもって買収を正当化することは難しくなります。また、買収後は仕切価格が関連者間の取引価格となり、価格設定の自由度は移転価格税制の制約を受けます。

買収に踏み切る根拠となるのは、契約条件の変更では実現できないもの、すなわち前節に挙げた顧客接点、投資の実行、下流収益、取扱権の維持です。逆に言えば、これらのいずれも自社にとって決定的でないのであれば、代理店契約の条件を見直すほうが合理的な場合があります。

4. 押さえておくべき留意点

対象の実体。売上に占める自社製品の比率、他社製品(特に競合品)の取扱いの有無、顧客関係が会社と個人のいずれに帰属しているか、据付・保守・アプリケーション対応を担う人員の状況。財務諸表に現れる事業の姿と、実際に取得しているものが一致しない場合があります。

許認可・製品登録の名義。製品登録や輸入者登録が代理店名義になっている場合、契約を解除して直販に切り替えても登録をそのまま移せず、再取得に相当の時間を要することがあります。医療機器、医薬品、化粧品、食品の分野では、この点が買収を選ぶ理由になることもあります。同時に、代理店側にとっては交渉材料でもあります。

チェンジ・オブ・コントロール条項。他のサプライヤーとの取扱契約、主要顧客との契約、リース、借入。特に競合メーカーとの取扱契約は、支配権の異動を理由に解除される可能性があります。

現地の代理店保護法制。湾岸協力理事会(GCC)諸国、中南米の一部の国、欧州連合の商事代理人指令など、代理店・販売店を保護する法制が存在する地域があります。契約解除に補償義務が生じる、登録の抹消が容易でないといった制約は、買収を選ぶ理由にもなります。

コンプライアンスと労務。公的機関や公立病院向けの入札、コミッションの支払慣行、通関申告、帳簿の実態。買収により過去の事象に関する責任を承継し、日本本社の連結子会社となった後は本社側の問題にもなります。解雇規制、退職給付債務、オーナー一族の在籍状況もあわせて確認します。

移転価格。買収前の第三者間取引としての仕切価格が、買収後の関連者間価格の比較対象となり得ます。現地に残す利益水準の設計は、実行前に検討しておく必要があります。

運転資本と与信。それまで代理店が負っていた在庫、売掛金、為替、与信のリスクが自社に移ります。損益が改善しても、キャッシュフローは重くなります。

効果の発現時期。商流の切り替え期には体制構築の費用が先行します。直販体制が立ち上がり、投資が市場での位置づけに転化するには中期(5〜7年程度)を要し、収益構造の変化として現れるのはさらに長期(10年程度)です。前掲のキッコーマンは1969年の経営参加が起点であり、ダイキン工業の欧州展開も20年以上にわたる取り組みでした。短期の投資回収基準のみで審査すると、判断を誤ることがあります。

5. 相対で進む案件であることの意味

この類型は、売却案件として市場に出たものを他社と競って取得するのとは異なり、既に取引関係のある相手との一対一の交渉になります。相手の事業内容や人については、日々の取引を通じて一定の理解が既にあることが通常です。

他方、交渉がまとまらなかった場合も代理店関係は継続します。デューデリジェンスで得た情報を持ったまま従来の取引に戻ることになるため、開示範囲を段階的に広げる設計、交渉が終了した場合の情報の取扱い、社内で情報に接する範囲の限定を、調査に入る前に取り決めておく必要があります。

進め方については、以下の点を検討の初期に整理しておくことをお勧めします。

  • 誰が話すか。オーナー経営者との対話と実務的な検討の役割分担。取引関係の担当者が交渉の前面に立つと、まとまらなかった場合に日常の取引に影響が残ります。
  • 手続の段階設計。秘密保持契約、意向表明、独占交渉権をどの段階で入れるか。非上場企業が相手の相対案件では、初期の意向表明は簡潔な構成とし、価格の建付けと独占交渉権といった要所を確実に押さえる進め方が現実的です。
  • 社内の基準。目的、上限価格、譲れない条件。相手と話す前にこの三点を経営として確定しておくことが、相対交渉における備えになります。

おわりに

海外販売代理店の買収は、対象会社の財務諸表からではなく、自社の海外事業の設計から検討が始まる類型です。何を取得しようとしているのかが社内で定義できていれば、買収するか、契約条件を見直すかの判断も、価格の考え方も、そこから導かれます。

Syntax Partnersは、クロスボーダーM&Aを取り扱う独立系のアドバイザーとして、買い手・売り手いずれか一方の立場から関与するファイナンシャル・アドバイザーです。海外販売代理店の買収に関しても、検討初期の整理から実行までの各段階でご相談を承っています。