自動車部品業界は、日本の製造業の中核に位置する巨大産業です。一般社団法人 日本自動車工業会(JAMA)によれば、2023年の自動車製造業(部品を含む)の製造品出荷額等は 71兆5,991億円、全製造業の 19.2% を占めており、自動車関連産業の就業人口は約 559万人 にのぼります(JAMA 基幹産業としての自動車製造業)。

このうち、自動車部品産業(自動車部分品・同附属品製造業)の出荷額は自動車産業全体の約 57.8%(35.1兆円規模)、従業員数は 75.1%(68.6万人) を占めるとされ、まさに自動車産業のものづくりを支える根幹です。同時に、従業員300人未満の中小規模事業者が事業所数の 9割以上 を占めるという、極めて多層的なサプライヤー構造を持つ業界でもあります(国土交通省 カーボンニュートラル実現に向けた課題と要望)。
いま、この業界では「CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)」「SDV(Software-Defined Vehicle)」「カーボンニュートラル」という3つの構造変化を背景に、過去に例のない規模での再編が一気に進行しています。完成車メーカー・メガサプライヤーレベルでの非公開化・連結子会社化・カーブアウトが相次ぐ一方、中堅・地域サプライヤーの世界では事業承継型M&A・PEファンドによる再生型バイアウト・ロールアップ型統合が加速しています。
本稿では、自動車部品業界M&A・事業承継 動向と業界構造を整理し、中堅・中小オーナーが事業承継・資本政策を検討する際の論点を解説します。
業界構造 — Tier1〜Tier3の重層的サプライチェーン
日本の自動車部品産業は、完成車メーカー(OEM)を頂点とし、Tier1(一次サプライヤー)、Tier2(二次サプライヤー)、Tier3(三次以下)という階層構造で成り立ってきました。
Tier1 — メガサプライヤー・大手専門メーカー
- デンソー、アイシン、豊田自動織機、ジェイテクト、トヨタ紡織(トヨタグループ系)
- アステモ(ホンダ・日立・JICC共同出資、旧 日立オートモティブ・ケーヒン・ショーワ・日信工業の統合会社、グローバル従業員約8万人)
- 住友電工、住友理工、矢崎総業、フジクラ、古河電工(電線・ハーネス・防振ゴム系)
- 小糸製作所、スタンレー電気、市光工業(ランプ・電装系)
- ニフコ、東海理化、東プレ(樹脂・スイッチ・プレス系)
Tier2 — 中堅専門サプライヤー(売上数百億〜1,000億円規模)
特定機能・素材・工法に強みを持つ独立系・グループ系のサプライヤー群で、地域に根差した中堅企業が多く存在します。プレス、樹脂成形、鍛造、機械加工、表面処理、ゴム・シール、ワイヤーハーネス、エンジン補機、内装部材といったカテゴリーごとに、それぞれ20〜50社規模のプレイヤーが競争しています。
Tier3以下 — 加工・部材専業の中小メーカー
事業所数で見れば最大の階層で、従業員数十人〜数百人規模の専門加工業者が全国に数千社規模で存在します。EV化に伴う部品点数の大幅な減少(エンジン関連部品は内燃機関車比で大幅減)と、CASE対応に向けた新規部品(バッテリー、モーター、インバーター、センサー、SDV向けECU等)の需要拡大という二極化のなかで、最も再編圧力に晒されている階層でもあります。
いま起きている再編 — 大手の非公開化・カーブアウトという潮流
直近12〜18ヶ月の自動車部品業界M&Aは、過去に例のない規模・質の事例が連続しています。
(1) トヨタ不動産による豊田自動織機の非公開化TOB — 約4.7兆円規模
2025年6月3日、豊田自動織機(証券コード6201)は、トヨタ不動産による株式公開買付け(TOB)を経て非公開化することを発表しました。トヨタグループの源流企業であり、繊維機械、産業車両(フォークリフト世界トップシェア)、エンジン・カーエアコン用コンプレッサーといった事業を展開する同社の非公開化は、トヨタグループの大規模な資本再編の中核を成すものです(トヨタ自動車 2025/6/3 プレスリリース、豊田自動織機 2025/6/3 開示)。
その後、エリオット等の機関投資家からのバリュエーション議論を経て、公開買付価格は当初の 16,300円 → 18,800円 → 20,600円 へと段階的に引き上げられ、2026年3月時点で公開買付期間が3月16日まで延長されています(トヨタ不動産 2026/3/2 プレスリリース、豊田自動織機 2026/3/6 開示)。買付総額は約 4.7兆円規模 に達する見込みで、日本の事業会社による非公開化案件として歴史的な規模です(Reuters 2025/6/3)。
この案件が示すのは、「短期的な業績や四半期開示にとらわれず、CASE・SDV・カーボンニュートラルへの長期投資を加速するために、上場というステータスを敢えて捨てる」という、自動車部品業界における新たな資本戦略の選択肢です。
(2) 住友電気工業による住友理工の完全子会社化TOB
2025年12月16日、住友電気工業(証券コード5802)は、防振ゴム・ホース等の自動車用ゴム部品を主力とする上場子会社 住友理工(証券コード5191)への公開買付けが成立したことを公表しました。買付価格1株2,600円、買付代金約 1,133億円規模 で、完全子会社化を経て住友理工は上場廃止となる見込みです(住友電工 2025/12/16 プレスリリース)。
防振ゴム・ホース・シール材といった機能部品は、EV化が進んでも完全には不要にならない部材であり、住友電工が完全子会社化を通じて開発・調達のシナジーを最大化する判断は、機能部品サプライヤーの「電動化対応投資」を親会社の資本力で支えるという潮流を象徴しています。
(3) ホンダによるアステモの連結子会社化
2025年12月16日、本田技研工業(証券コード7267)は、持分法適用関連会社であったアステモ(旧 日立オートモティブシステムズ・ケーヒン・ショーワ・日信工業の経営統合会社)の株式21%相当を日立製作所から追加取得し、出資比率を Honda 40% → 61% に引き上げて連結子会社化することを発表しました。取得価額は 1,523億円、株式譲渡実行は2027年3月期第1四半期中の予定です(Honda 2025/12/16 ニュースリリース、Astemo 2025/12/16 リリース)。
Hondaのプレスリリースには、「SDV時代に必要となるAIやソフトウェアを高効率かつ高速で開発できる体制の構築を推し進めるために、Hondaが親会社としてその変革をリードする」「新たに親会社となりAstemoのIPOを視野に入れたグローバルサプライヤーとしての成長をリードしていく」と明記されています。完成車メーカーが、メガサプライヤーをIPO含みで本格的に「自社グループの戦略子会社」として再定義する動きは、Tier1業界全体に大きな構造変化を予感させます。
(4) 日本特殊陶業(Niterra)による東芝マテリアル買収 — 約2,150億円
2025年6月2日、日本特殊陶業(証券コード5334、社名をNiterraに変更)は、東芝マテリアル(横浜、ファインセラミックス、EV用セラミックベアリングボールで世界シェア約50%)の全株式取得を完了したことを発表しました。買収金額は約 2,150億円規模、Niterraにとって過去最大の買収案件です(Niterra 2025/6/2 プレスリリース、東芝 2024/11/25 プレスリリース)。
スパークプラグで世界トップシェアを持つ同社が、内燃機関依存からの脱却に向けて、EV用セラミックベアリングという次世代モビリティ部材の世界トップシェア企業を買収した本案件は、「内燃機関事業の縮小・EV関連事業への資本シフト」というポートフォリオ転換の象徴的事例です。
中堅・カーブアウト事例 — PEファンドと事業承継型プラットフォームの台頭
大手の非公開化・統合と並んで、いま自動車部品業界で同時並行的に進んでいるのが、Tier1・Tier2階層からのカーブアウトと、中堅独立系サプライヤーのPEファンド・事業承継プラットフォーム化です。
(5) THKによる輸送機器事業(自動車部品子会社5社)のアドバンテッジパートナーズへの譲渡
2026年2月2日、直動システム(LMガイド)の世界トップ企業であるTHK(証券コード6481)は、自動車部品関連の連結子会社5社を、アドバンテッジパートナーズがサービスを提供するファンド が間接的に出資する特別目的会社 株式会社AP87に譲渡することを決定しました。2026年6月1日に株式譲渡及び債権譲渡が完了しています(THK 2026/3/20 有価証券報告書(FY2025_4Q)、THK 2026/6/1 譲渡完了開示)。
本案件は、上場親会社が「ノンコア化した自動車部品事業」をまとめてPEファンドに譲渡し、ファンド傘下で再生・成長戦略を描き直すという、典型的な カーブアウト×PE バリューアップ のパターンです。
(6) アドバンテッジパートナーズによる古河電池の完全子会社化TOB
2025年9月9日、アドバンテッジパートナーズの運営ファンドは、自動車用鉛蓄電池の老舗である古河電池(証券コード6937)に対する公開買付けの成立を公表しました(アドバンテッジパートナーズ 2025/9/9 ニュース、古河電気工業 2025/3/27 開示、古河電池 2025/8/7 開示)。
鉛蓄電池はEV化のなかでも当面は補機用バッテリーとして需要が継続する部材ですが、リチウムイオン電池・全固体電池への投資判断や、グローバル拠点の再編といった戦略課題に対し、上場会社のスピード感では対応が難しいという構造的な背景が、PEファンドによる非公開化を後押ししています。
(7) セレンディップ・ホールディングスによる事業承継型ロールアップ — アペックスの子会社化
2022年11月、製造業に特化した事業承継型プラットフォームであるセレンディップ・ホールディングス(証券コード7318、本社:名古屋市)は、自動車部品の機械加工・組立を手がける株式会社アペックス(東京都八王子市)の全株式取得・子会社化を決議し、2023年1月10日に取得を完了しました(セレンディップHD 2022/11/21 PR TIMES)。
同社は中期経営計画で「事業承継M&A、海外進出、高付加価値領域(脱炭素・EV化対応部品)、フューチャーファクトリー(DX・協働ロボット導入)」を成長戦略の柱とし、自動車部品分野での連続買収を進めています。中期計画の最大目標である売上高500億円(2027年3月期)は、2026年3月期に前倒し達成見込みと公表されています(セレンディップ・ホールディングス 適時開示)。
地域の中堅オーナー企業にとって、「同業他社への売却ではなく、製造業に特化した事業承継プラットフォームへの参画」という選択肢が現実的になっていることを示す代表事例です。
(8) 経済産業省「中堅企業エクイティ活用事例集」が示すPE活用の浸透
2025年8月、経済産業省は「中堅企業エクイティ活用事例集」を公表し、PEファンドや事業会社を活用したカーブアウト・事業承継・成長投資の具体事例を取りまとめています(経済産業省 中堅企業エクイティ活用事例集 2025/8/5)。同事例集では、独立系PEファンド・金融機関系PEファンドによるカーブアウト、ファンドメンバーによる独立企業としての形づくり、経営計画策定・資金繰り管理支援といったPEファンドの実務的役割が整理されており、自動車部品業界の中堅企業にとっても、エクイティ活用は「特殊な選択肢」から「標準的な選択肢の一つ」へと位置付けが変わりつつあります。
中堅・中小オーナーが今、本当に考えるべきこと
これらの事例を俯瞰すると、自動車部品業界の中堅・中小オーナーが直面している経営課題と、検討すべき資本政策の論点が浮かび上がります。
論点1 — 内燃機関依存度の正確な把握
エンジン部品(ピストン、シリンダー、燃料噴射、点火、排気系等)や駆動系部品(トランスミッション関連、クラッチ等)に強みを持つ企業は、EV化に伴う部品需要の縮小に直面します。自社の売上・利益構造を「EV化で残るもの/減るもの/新たに獲得すべきもの」の3軸で棚卸しすることが、すべての資本政策議論の出発点です。
論点2 — Tier1・OEMからの「価格×投資要請」への対応力
完成車メーカー・Tier1からは、価格低減要求と並行して、カーボンニュートラル対応投資・SDV対応開発投資・グローバル拠点最適化投資が要請されます。中堅・中小オーナーが単独でこれらに応えるのは資本的に困難なケースが多く、Tier1・PEファンド・事業承継プラットフォームとの戦略的資本提携が現実的な選択肢となります。
論点3 — 「同業統合」だけが選択肢ではない
自動車部品業界のM&Aは、これまで「同業のTier1・Tier2への売却」が中心でしたが、上記事例が示すとおり、現在はPEファンドへのカーブアウト型売却、事業承継型プラットフォームへの参画、完成車メーカー直下の戦略子会社化(アステモ型)、海外サプライヤーとの資本提携、非公開化による長期投資の加速など、選択肢が大きく広がっています。それぞれが企業文化・従業員の処遇・経営自由度・成長投資の規模に異なる影響を与えます。
論点4 — 自社の「強み」を構造的に言語化する
特に中堅独立系サプライヤーにとって決定的に重要なのが、自社の強み(特定工法、特定素材、特定顧客との関係、特定地域での生産優位、特定ニッチ製品の世界シェア等)を買い手の戦略文脈に翻訳して言語化することです。これは、M&A交渉の単なる「セールスポイントの整理」ではなく、最終的な評価額・取引ストラクチャー・経営自由度を大きく左右する作業です。
Syntax Partnersのご支援内容
Syntax Partnersは、自動車部品業界の中堅・中小オーナー企業のM&A・事業承継について、以下の支援を提供しています。
(1) 業界構造の深い理解に基づく戦略立案:完成車メーカー・Tier1・Tier2・Tier3の階層構造、内燃機関〜EV〜SDVへの構造転換、地域別・部品カテゴリー別のサプライヤー競争環境を踏まえ、貴社固有のポジショニングと資本政策の選択肢を整理します。
(2) 主要企業との直接のリレーションに基づくアプローチ:完成車メーカー系・大手Tier1系・事業承継型プラットフォーム(セレンディップHD等の上場ロールアップ事業者)・PEファンド系(アドバンテッジパートナーズ等、自動車部品案件で実績のあるバイアウトファンド)・海外サプライヤー系それぞれの主要プレイヤーとの直接のリレーションを基盤に、貴社にとって最適な相手先候補を選定・打診します。
(3) オーナーの意思決定プロセス全体への伴走:バリュエーション、ストラクチャー設計、表明保証、PMI(経営統合)、従業員処遇、取引先関係の維持といった論点について、オーナーの意思決定プロセス全体を伴走します。
自動車部品業界のM&A・事業承継に関するご相談は、随時お受けしております。具体的な譲渡先候補のご相談はもちろん、業界全体のM&A動向、自社のポジショニング診断、資本政策の選択肢整理といった検討段階のご相談も歓迎いたします。