EVシフトと中国部品調達: トヨタ の戦略的転換が示す、タイ自動車業界の今

今後考えるべきこと:日本企業への提言と戦略

以上を踏まえ、日本の自動車産業が今後競争力を維持・向上するために考慮すべきポイントを整理します。完成車メーカーだけでなく、部品メーカーや関連サービス企業全体に向けた提言です。

1. “ラストチャンス”とEV戦略の加速

専門家は「今が最後のチャンス」という強い表現で、東南アジアにおけるEV戦略加速の必要性を訴えています。日本メーカー各社は、得意とするハイブリッド技術を磨きつつも、純EVの開発・投入に慎重すぎた嫌いがあります。しかし、東南アジアでもEVの波は確実に迫っており、対応が遅れれば市場ポジションは大きく低下しかねません。技術開発投資の重点をEV・ソフトウェア領域にシフトし、各国政府の補助政策も活用しつつ、魅力的なEV車種を適切なタイミングで投入することが急務です。特に東南アジア向けには、高温多湿や未舗装路といった現地環境に耐える堅牢性、及び充実したサービス網を備えたEVを開発するなど、日本流の品質と信頼性で差別化を図る戦略が求められます。

2. コスト競争力とオープンな協業の模索

EV時代は新規参入が容易になり、安価な製品で市場を席巻する競合が現れています(中国勢がその典型です)。日本企業もコスト競争力確保のための大胆な手段を追求せねばなりません。その一つが今回のトヨタのように調達先・協業先をオープン化することです。自社グループ内ですべてを抱え込むのではなく、従来の系列にとらわれず外部企業とも積極的に協業・提携し、安価で優れた部品や技術を取り込む柔軟性が求められます。日産は中国で発売した新型EVセダン「N7」において開発と部品選定を現地合弁会社に委ねて低価格化を図り、2026年にはその中国生産車を東南アジアや中東に輸出する計画です。他社もこうした現地主導・グローバル調達の戦略を検討すべきでしょう。協業に際しては自社の核となる技術やブランド価値を守りつつ、他分野の知見を取り込む**“開かれた系列”**への転換がポイントになります。加えて、外部資本の活用も視野に入れるべきです。優れた技術を持つスタートアップへの出資や、逆に自社の一部門を外資と合弁化するなど、ファイナンス面での柔軟な戦略も競争力向上に有効です。

3. サプライヤーの競争力強化と産業政策の活用

日本の部品メーカー群(下請け企業)もまた変革を迫られています。完成車メーカーからの価格引き下げ要請は今後一層厳しくなる見通しであり、生産効率の向上や高付加価値化による自助努力が急務です。またEV化で求められる部品・技術が変わる中、自社製品・サービスのポートフォリオを見直し、成長分野へ経営資源をシフトしていく必要があります。例えばエンジン部品メーカーがモーター部品や電子制御部品へ転換を図る、車載機器メーカーが通信・ソフト開発力を強化する、といった戦略です。その際、単独で賄えないリソースは**企業間の統合や買収(M&A)**によって獲得することも選択肢となります。

実際、EVシフトのもとで戦略見直しを図る日本の部品企業は増えており、これを好機と見た外資ファンドが積極投資に動く例も出ています。政府や業界団体レベルでも、中小サプライヤーの事業転換支援や企業再編の促進といった産業政策が必要でしょう。補助金や減税措置で新技術開発や設備投資を後押しするとともに、異業種連携のマッチング支援など、エコシステム全体での競争力底上げ策が求められます。カーボンニュートラル達成という大義の下、官民連携でサプライチェーン強靭化を図ることが、日本の製造業基盤を守ることにつながります。

4. 市場ごとの最適戦略とシリーズ主義からの脱却

当面、東南アジア市場ではEVとHVの併存が続くと見られ、国・地域ごとに普及スピードやニーズが異なります。したがって市場ごとに最適なパワートレイン戦略を展開することが重要です。例えばタイやマレーシアの都市部富裕層にはEVを前面に、インフラ未整備の地方部や他国にはHV・高効率エンジン車でカバーするといった具合に、柔軟な地域戦略が必要です。この「マルチパスウェイ戦略」はトヨタが提唱するものですが、移行期における現実解と言えます。ただし長期的には各国で環境規制が強化される方向であり、最終的にEV中心へ舵を切るタイミングを逃さないことも肝要でしょう。


また、変化が激しい時代には**「選択と集中」**が欠かせません。従来の日本メーカーは多くの車種・市場をカバーし系列網も大所帯でしたが、今後は得意分野に経営資源を集中投入し、不採算事業からは撤退・縮小する決断力が求められます。系列主義についても、自社グループ内だけで完結させる考え方から脱却し、外部との連携や資本提携も含めた最適配置を考える必要があります。例えば将来的に有望な分野には外部の有力企業とジョイントベンチャーを組む一方、斜陽分野の子会社は売却してリソースを生み出す、といった施策です。このように身軽でしなやかな企業グループ体制へ移行することが、変革期を生き抜くカギとなります。

5. バリューチェーン全体での価値再定義とサービス強化

日本企業の信頼性・品質・サービスといった強みは依然大きな財産です。これを維持・発展させつつ、EV/デジタル時代におけるバリューチェーン全体の価値を再定義することが求められます。完成車メーカーにとっては、単に車を売って終わりではなく、販売後のソフトウェアアップデートや充電サービス網、リサイクルまで含めた包括的なカスタマーエクスペリエンス提供が重要です。手厚いアフターサービスや高いリセールバリューはこれまで日本車の強みでしたが、今後はそれに加えてコネクテッドサービスの充実や、EVに特有の電池劣化保証・下取りスキームなど新たな価値を提供していく必要があります。

同様に、部品メーカーや物流・IT企業も自社の提供価値を再評価すべきです。単なる下請け・協力会社に留まるのではなく、自社技術を活かして新サービスを創出したり、他業界のニーズに応用したりする姿勢が重要です。例えば、ある部品メーカーが培った精密製造技術を医療機器やロボット向けに展開する、物流企業がEVの使用済み電池の回収・再利用ネットワークサービスを構築するといった多角化の取り組みも考えられます。IT企業であれば、車載データを活用した保険・モビリティサービスを提案するなど、従来の枠にとらわれない発想が求められます。重要なのは、バリューチェーン全体として付加価値を高め合うエコシステムを築くことです。系列の壁を超えて各プレーヤーが連携し、新技術やサービス開発に取り組むことで、日本の自動車産業全体の競争力を底上げできるでしょう。


おわりに

タイにおけるトヨタの中国サプライヤー活用は、業界構造変革の象徴的出来事です。自動車産業は今、完成車メーカーから末端の部品・サービス会社に至るまで大競争時代に突入し、従来の延長線上では立ち行かなくなっています。とはいえ、日本勢には長年培った技術力と信用という強固な土台があります。変えるべきものは変え、守るべき価値は磨きながら守る——その両輪が試される局面です。東南アジア市場で築いた牙城を死守しつつ、新たな競争に勝ち抜くため、日本企業は時代の潮流を見極めて素早く戦略を転換する胆力と、国内外のパートナーと協調してイノベーションを取り込む柔軟性を発揮する必要があります。本レポートの考察が、そうした戦略検討の一助となれば幸いです。

当社について

Syntax Partnersは日本発のアドバイザリーファームとして、東南アジアを中心にアジア全域で、M&A 及び海外事業戦略に関する助言・支援を提供しています。主な支援内容は以下の通りです。

・ASEAN市場でのM&A・資本提携支援

・現地パートナー探索

・事業再編・カーブアウト・PMI支援

・業界分析・市場調査・戦略立案

・調達戦略・サプライチェーンの最適化

現地戦略やパートナー探索、事業再編等に関するご相談は、ぜひお気軽にお問い合わせください。


主要参考文献・出所:

  1. 日本経済新聞『トヨタがタイで中国部品調達 日系供給網に転機、低コストでEV・HV』(2025年8月2日)
  2. NHKニュース『トヨタの牙城 タイ市場が切り崩される?中国EVの攻勢』(2024年7月31日)

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