日中関係 の緊張と日本企業の中国戦略:歴史・現状・対応策

最近、高市早苗首相による「台湾有事」に関する国会答弁が国内外で注目を集め、 日中関係 は再び緊張を増しています。中国政府は強い反発を示し、日本への渡航自粛を勧告、外交ルートでの抗議や在大阪総領事による不適切投稿など、政治的摩擦が一気に顕在化しました。こうした動きはニュースの見出しを賑わせていますが、経営層にとって重要なのは「この状況をどう戦略に落とし込むか」です。
本稿では、歴史的な日中関係の文脈、直近の外交摩擦の実相、日本企業のM&A動向、台湾問題の地政学的背景、そして「脱中国依存」戦略の具体策を整理し、Syntax Partnersの視点から提言します。
歴史が示す現実:緊張と協調のサイクル
日中関係は、近代以降の政治的摩擦を含みつつも、長い歴史の大部分で経済・文化を中心とした互恵的な関係を築いてきました。1972年の国交正常化以降、政治的対立が表面化する局面でも、経済交流は活発に続く「政冷経熱」という構図が長らく続きました。しかし、2010年代以降は中国の国力上昇とともに対日姿勢が強硬化し、2012年の尖閣問題では訪日中国人観光客が前年比で半減、日系自動車の輸出が80%以上減少するなど、政治摩擦が経済活動に直接的な悪影響を及ぼしました。
今回の台湾発言を契機とする緊張も、こうした歴史的パターンの延長線上にあります。企業は「政治イベントが経済に波及する」現実を前提に、長期視点で過度な楽観や悲観を避ける必要があります。
高市首相発言と中国側の反応:外交摩擦の実相
2025年11月、高市首相は国会で「中国が戦艦を用いた武力行使に出た場合、日本の存立危機事態に該当し得る」と答弁しました。中国政府はこれを「一線を越えた挑発」と受け止め、発言撤回を要求。さらに、日本への渡航自粛勧告を発出し、航空会社は日本路線のキャンセル料無料化を発表しました。加えて、在大阪中国総領事がSNSで「首を斬る」といった挑発的投稿を行い、日本政府が抗議する事態に発展しました。
こうした外交摩擦は、観光・交流の急減や現地事業への逆風を招く可能性があります。専門家試算では、中国人観光客が前年比25%減少すれば、日本のGDPを0.3%以上押し下げる規模の影響が生じるとされています。企業は、こうした突発的リスクを事業計画に織り込み、危機対応策を前倒しで準備する必要があります。
Syntax Partnersの視点:M&A市場が映す構造変化
ここからが重要です。Syntax Partnersの独自データによれば、近年の日本企業による中国関連M&Aは、投資よりも撤退が圧倒的に多く、比率は8〜9割に達しています。これは単なる一時的現象ではなく、構造的な変化を示しています。
さらに注目すべきは、シンガポールなど政治的に安定した国の案件であっても、対象企業の中国売上比率が高い、あるいはオペレーション上の中国エクスポージャーが大きい場合、日本企業は一貫して敬遠する傾向が続いていることです。これは、地政学リスクだけでなく、中国市場における収益性の再現性やガバナンスの難しさを企業が重視している証左です。
M&Aの現場では、こうしたリスク認識が契約条件やバリュエーションに直接反映されています。中国関連資産は、リスクディスカウントの拡大によりEV/EBITDA倍率が下振れする一方、売り手はバリュエーション防衛を図るため、価格ギャップが広がりやすい状況です。結果として、クロージング条件の段階的履行やアーンアウト条項の活用が増えています。
一方で、ASEANやインドでは逆の現象が起きています。日本企業は、成長性と政治的安定性を兼ね備えた市場に積極的に資本を振り向けており、特にベトナム、タイ、インドネシア、そしてインドでのM&A案件は競争が激化しています。Syntax Partnersが関与する案件でも、食品、物流、製造業を中心に「中国リスクをヘッジしつつ成長を取り込む」動きが顕著です。
台湾問題の地政学:企業にとっての意味
台湾は中国にとって太平洋への出口を塞ぐ第一列島線の要衝であり、米国・日本にとっても安全保障上の死活的なポイントです。習近平政権にとって台湾統一は政治的威信を賭けた課題であり、米国は「戦略的あいまいさ」を維持しつつ台湾防衛力を強化しています。この構造的緊張は、企業にとっても無視できないリスクです。
台湾有事が現実化すれば、海上輸送路の遮断、半導体供給の寸断、現地要員の安全確保など、企業活動に甚大な影響が及びます。BCP(事業継続計画)において、代替生産拠点の確保、在庫戦略の見直し、海運ルートの複線化などを平時から準備することが不可欠です。
日本企業の「脱中国依存」戦略:多元化とリスク分散
こうした背景を踏まえ、日本企業は中国依存度を下げる戦略を加速させています。サプライチェーンの多元化(チャイナ・プラスワン)、ASEANやインドへの投資シフト、データ・技術管理の強化、現地事業の効率化と部分撤退などが進行中です。
実際、日本企業の対ASEAN投資額は対中国投資額の約7倍に達し、JETRO調査では「中国事業を拡大する」と回答した企業は過去最低水準。一方で、インドやASEANでは拡大意欲が過半数を超えています。これは、企業が「全面撤退」ではなく「静かなリバランス」を選んでいることを示しています。
結論:冷静な戦略調整の時代へ
中国市場は依然として巨大であり、完全に切り離すことは現実的ではありません。しかし、短期・中期では慎重な姿勢が求められます。日本企業にとって合理的な戦略は、中国との関与を維持しつつ、ASEANやインドを中心とした成長軸へのシフトを加速することです。
M&A市場のデータが示すように、撤退が投資を凌駕する現象は、単なる一過性ではなく、戦略的再配分の証左です。Syntax Partnersは、こうした潮流を踏まえ、中国事業の再構築や撤退を含む戦略的選択肢の検討、ASEAN・インドでのM&A機会の発掘と実行支援に注力しています。
今こそ、地政学リスクを織り込んだ成長戦略を経営アジェンダの中心に据えるべき時です。