
はじめに
日本企業が海外事業を拡大する経路は、大きく二つあります。自社の経営資源で市場を開拓するオーガニック成長と、M&A・資本提携によって外部の資源を取り込むインオーガニック成長です。前者は着実である一方、販路や顧客基盤、現地人材といった資産の構築に長い時間を要します。後者は、すでにそれらを持つ企業を取り込むことで時間を短縮できる反面、買収対価とPMI(買収後統合)のリスクを伴います。
海外展開で成果を上げている日本企業の多くは、この二つを組み合わせています。本稿では、クロスボーダーM&A・資本提携によって海外事業の課題(販路・製造・人材)を解決した4つの事例の事実関係を整理し、そこから読み取れる示唆と、成功のための実務ポイントを当社の見立てとして述べます。
1|事実の整理 ― 4社の事例
トヨタ自動車×スズキ(資本提携)― インドの販路と製品の相互補完:両社は2016年10月に業務提携の検討を公表し、2017年2月に業務提携に向けた覚書を締結、2019年8月には株式を相互に持ち合う資本提携(トヨタがスズキ株の約5%、スズキがトヨタ株の約0.2%を取得)に至りました。協業の柱の一つがインドでの商品補完です。小型車市場で圧倒的なシェアを持つマルチ・スズキの車両をトヨタブランドで販売する枠組みが作られ、2019年6月にはスズキ「バレーノ」をベースとする初のOEM車「グランザ」がインドで発表されました。2023年時点の報道では、スズキからトヨタへの供給はインドで4車種、アフリカで6車種に広がり、逆にトヨタからスズキへも欧州・日本・インドで車種供給が行われています。トヨタ側はスズキにハイブリッド技術を提供するなど、販路と技術の相互補完の関係になっています。
アサヒグループホールディングス ― 欧州ブランド・販路の取得:アサヒは2016年、AB InBevによる大型合併に伴い売却された「ペローニ」(イタリア)「グロールシュ」(オランダ)等の欧州プレミアムビール事業を約25.5億ユーロで取得し、2017年には「ピルスナー・ウルケル」(チェコ)を含む中東欧5カ国のビール事業を約73億ユーロで取得しました。これにより、イタリア・オランダ・チェコ等でトップクラスのブランドと、醸造所・営業組織・流通網をそのまま傘下に収めています。同社は取得した現地の販路を活用して自社ブランド「スーパードライ」の欧州展開を進めており、買収後も現地経営陣を中心とする運営を続けていることを公表しています。
ダイキン工業 ― Goodman買収による北米市場と生産ノウハウの取得:ダイキンは2012年、米国の住宅用空調メーカーGoodman Globalを約37億ドルで買収しました。当時のダイキンは業務用空調で世界トップクラスにありましたが、北米の住宅用(ダクト式)市場が課題でした。Goodmanは北米住宅用空調で首位級のシェアと、全米に及ぶ広範な販売網を持つ企業であり、買収によりダイキンは北米住宅用市場での地位と流通チャネルを一挙に獲得しました。加えて、同社が公表しているとおり、Goodmanの持つ標準化・大量生産による低コスト生産のノウハウをグループの生産体制に取り入れ、北米事業はその後の同社の主要な収益源に成長しています。
ニデック(旧日本電産)― 買収による製品ライン拡充と顧客接点の獲得:ニデックは創業以来70社を超える企業を買収し、モータを軸に事業領域を広げてきました。同社は買収を「時間を買う」手段と位置づけ、既存事業の成長との両輪で成長してきたことを公言しています。一例が2015年のドイツの自動車用ポンプメーカーGPM社の買収です。これにより、モータ単体の納入からモータ・ポンプ・電子制御を組み合わせたシステム製品の提供へと事業を広げ、あわせてGPMが持つ欧州自動車メーカーとの取引関係という顧客接点を取得しました。買収先の経営を尊重しつつ、購買・技術開発などの要所でグループ連携を進める方針も同社が公表しているところです。
2|この事例から何を読み取るか(当社の見立て)
(1)M&Aが買っているのは「時間のかかる資産」である
4つの事例で取得されたものを並べると、販売網(スズキのインド販路、Goodmanの全米ディーラー網、欧州ビールの流通網)、ブランド(ペローニ、ピルスナー・ウルケル)、顧客との取引関係(GPMの欧州自動車メーカーとの取引)、そして現地の人材と組織です。これらに共通するのは、自力で構築するなら5年、10年という単位の時間を要する資産だという点です。クロスボーダーM&Aの本質的な価値は規模の拡大ではなく、この時間の短縮にあると当社は考えています。
(2)取得した販路に自社の強みを載せたとき、効果は倍化する
アサヒが取得先の流通網に自社のスーパードライを載せ、ニデックがGPMの顧客接点に自社モータとの複合製品を提案し、トヨタがスズキの販路に自社のハイブリッド技術を還流させたように、成功事例では「買った資産」と「持っていた強み」の掛け合わせが起きています。買収単体の損益だけでなく、既存事業に何を接続できるかまで含めて対象を選定することが、案件の価値を左右します。
(3)現地の経営陣・人材の尊重が共通項である
4社とも、買収・提携先の経営陣や従業員を入れ替えるのではなく、現地の経営を尊重しながら要所で連携する統合方針を採っています。海外事業の課題の多くは、言語・商習慣・顧客との信頼関係といった人に紐づくものであり、その解決手段として企業を取得したのに人材が流出しては本末転倒です。キーパーソンの維持と現地の裁量の確保は、クロスボーダーM&AのPMIにおいて最優先の設計事項だというのが当社の見立てです。
(4)オーガニック成長との両輪ではじめて機能する
ニデックが公言するとおり、買収だけで成長した企業はありません。取得した資産を活かすのは既存事業の技術・製品・オペレーションであり、逆に既存事業の停滞をM&Aで糊塗することはできません。自社の中期戦略の中で何が不足しているのかを特定し、その不足を埋める手段としてM&A・提携を位置づける順序が重要です。
3|成功のための実務ポイント
以上を踏まえ、クロスボーダーM&Aを検討する際の実務上の要点を述べます。
第一に、戦略に基づく対象選定です。持ち込まれた案件に場当たり的に対応するのではなく、補完すべき機能(販路か、製造拠点か、技術・人材か)を特定したうえで、能動的に候補を探索する姿勢が出発点になります。第二に、デューディリジェンスと価格規律です。財務・法務・税務に加え、シナジーの実現可能性、キーパーソンの意向、企業文化の相性まで含めて評価し、支払える上限価格をあらかじめ定めて交渉に臨むことが、高値掴みを防ぎます。第三に、PMIの事前設計です。クロージング後に検討を始めるのではなく、交渉段階から統合後の組織・人事・ブランド・システムの方針を描き、特にキーパーソンの維持策(インセンティブ設計・権限の明確化)と従業員コミュニケーションを最初の100日の計画に織り込みます。第四に、シナジーの検証です。買収時に見込んだ効果を定量目標に落とし、定期的に実現状況を検証する体制を持つことで、統合の軌道修正が可能になります。
4|押さえるべき時間軸
シナジーには、実現までの時間軸が異なるものが混在しています。アサヒが買収直後から取得先の流通網を活かして収益を上げたように、既存販路の相互活用や調達の統合は短期で成果が出ます。一方、ダイキンによる生産ノウハウのグループ展開のような能力の移植は中期(5〜7年)の取り組みであり、ブランドの現地定着や事業構造の転換は10年程度の長期でしか評価できません。したがって要点は、単一の年限で買収の成否を判断することではなく、短期・中期・長期のそれぞれの時間軸で実現すべきシナジーを買収前に定義し、時間軸ごとの指標で検証することです。そのうえで、のれんの減損リスクや追加投資の要否まで含めた複数シナリオを用意しておくことを推奨します。
5|当社のご支援について
Syntax Partnersは、クロスボーダーM&Aおよび資本提携・合弁(JV)について、ご依頼主お一方の利益を最大化するFA(ファイナンシャルアドバイザー)として、戦略に基づく買収候補・提携先の探索から、交渉、デューディリジェンスの統括、クロージング、その後の体制構築までを一気通貫でご支援しています。対象地域はASEAN・インド・東アジアを軸に、欧米まで対応しています。
海外事業の課題を資本提携・買収で解決する選択肢について、個別のご相談を希望される場合は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
関連リンク
参考出典(リンクなし)
- トヨタ自動車・スズキ 両社公表資料(2017年2月 業務提携覚書、2019年8月 資本提携)および自動車業界報道(インド・アフリカでのOEM供給車種数等、2023年)
- アサヒグループホールディングス 公表資料(2016年 西欧ビール事業取得・約25.5億ユーロ、2017年 中東欧ビール事業取得・約73億ユーロ)
- ダイキン工業 公表資料・報道(2012年 Goodman Global買収・約37億ドル、北米事業の位置づけ)
- ニデック 公表資料・経営陣の発言(買収社数、「時間を買う」の考え方、2015年 GPM社買収)