EVシフトと中国部品調達: トヨタ の戦略的転換が示す、タイ自動車業界の今

日本企業への影響:供給網・系列への波及と競争環境の変化

トヨタの調達戦略転換は、日本の自動車産業全体に大きな意味を持ちます。他の完成車メーカーもコスト競争やEV化という同様の課題に直面しており、タイでのトヨタの動きは一種のシグナルと言えるでしょう。ここでは、日本企業(完成車・部品メーカー)、およびそれらを支える協力企業(物流・ITなど)への主な影響と課題を整理します。

サプライチェーンと系列構造への波及

まず、サプライチェーン(供給網)および系列構造への影響です。日本の自動車産業は、長年にわたる系列関係と高品質な部品群によって支えられてきました。自動車メーカー(OEM)を頂点に据え、株式や人材で結びついたピラミッド型の系列(垂直統合)により、安定した取引関係が維持され、技術協働や品質管理が進められてきたのです。しかし、EVシフトに伴う必要部品の変化やコスト競争の激化により、従来のケイレツ(系列)体制は大きな転機を迎えています。米カーライルの寺坂氏は「EVでは必要部品が減りソフトウェアなど新たな専門知識が要るため、自動車メーカーはもはや従来通り全ての系列企業を支えきれないだろう」と述べ、系列システムの変容を予測しています。

トヨタのように中国企業を含む外部との協業に踏み切る動きは、系列の枠を超えた再編を加速させるでしょう。既存の日系サプライヤーにとっては、受注減や収益悪化のリスクが高まります。名古屋大学の山本真義教授は「日本製部品と中国製部品で2割のコスト差がつけば戦えないのが現状。3割となれば長年かけて構築された自動車系サプライヤ網が一気に崩壊しかねない」と警鐘を鳴らします。極端な見方をすれば、**「将来的に生き残れるのは完成車メーカー(OEM)のみで、ティア1(一次下請け)以下の部品メーカーは他分野への活路を模索する必要も出てくる」**との指摘もあります。つまり、系列下位の部品メーカーは取引縮小や価格引き下げ圧力に晒され、場合によっては事業撤退や倒産、他業種への転換を迫られる可能性があります。

他方で、部品の現地・他国調達を進めることは地政学リスク分散にもつながります。米中関係悪化などで特定国からの供給が滞るリスクに備え、調達先を多元化しサプライチェーンを地域ごとに最適化する動きは必須です。

トヨタのタイでの施策もコスト目的だけでなく「供給網のローカル化・多元化による安定確保」という側面があります。この動きは他のASEAN諸国やインドなどでも検討され始めており、日本の部品メーカーも従来のビジネスモデルを見直し、グローバルに価値を提供できる体制を模索する必要があります。

協力企業への影響

自動車サプライチェーンの変化は、自動車業界における各サプライヤーはもとより、物流やITなど周辺の協力企業にも波及します。例えば、EV化により電池や電子部品の比重が増すと、従来とは異なる物流ニーズが生まれます。大型・高重量のバッテリーは輸送中の発火リスクなど安全面の課題があり、新たな梱包・輸送プロトコルが求められています。

物流事業者は、電池の危険物取り扱いやリサイクル物流など新分野への対応力を強化する必要があるでしょう。また生産拠点の分散や現地調達拡大により、国際物流の流れも変化します。日本から完成車・部品を輸出する従来モデルが減り、現地調達品の域内流通が増えることで、物流企業は拠点戦略やサービス内容を見直す局面です。

IT・テクノロジー企業にとっても、チャンスと課題が生じています。**CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)**の流れで自動車は「走るデータセンター」の様相を呈し、ソフトウェアやデジタルサービスが不可欠となりました。

従来ハードウェア中心だった自動車産業に、ソフトウェア企業や通信・地図サービス企業などIT業者が深く関与するようになっています。例えばトヨタは独自OSやコネクテッドサービスに注力していますが、ファーウェイやグーグルなど海外IT企業の技術を導入するケースもあります(他社事例)。日本の自動車メーカー系列外からIT分野のパートナーを受け入れる動きは今後ますます増えるでしょう。これは裏を返せば、従来からの系列IT企業や部品メーカーの中でソフトウェア技術対応が遅れた企業にとっては競争力喪失につながりかねません。逆に言えば、新規参入のテック企業や外資系サプライヤーにとっては、日本企業との取引機会が広がることを意味します。

競争環境の変化とブランド力への影響

次に競争環境の変化です。東南アジア市場での中国勢の台頭は、日本メーカーにとってシェア喪失=収益源低下を意味します。タイや東南アジアは日本車各社にとって米国に次ぐ収益柱であり、その牙城が崩れることは企業業績への打撃となります。BYDをはじめとする中国メーカーはEVを武器に日本勢の市場を急速に侵食しており、現状では日本メーカーは純EV市場で後手に回っているのが実情です。

ただし、足元では東南アジアではハイブリッド車(HV)の需要も根強く残っており、HVを含む多様なパワートレインを用意していることが日本勢の強みでもあります。HVは燃費性能と既存インフラ活用のバランスが良く、さらに中古車売却時の価格(リセールバリュー)が高い点で中国製EVと比べ優位性があります。これは日本メーカーが長年培ってきた品質とブランドへの信頼の賜物で、現時点では大きな強みです。実際、タイの消費者からは「日本メーカーが不正をするはずがない」「日本車なら故障も少なくアフターサービスも安心」といった声も聞かれ、日本ブランドへの厚い信頼が残っています。

しかし、長期的に見れば世界的なカーボンニュートラルの潮流の中でEVシフトは不可避と考えられています。HV主体とはいえ電動車への移行が進む今、中国メーカーとの競争に勝つにはEV分野での出遅れを早急に挽回する必要があります。中国勢も品質やサービス体制の向上に努めており、「安かろう悪かろう」のイメージは薄れつつあります。例えばBYDはタイ国内で大規模な販売・サービス網を構築し、充電インフラ整備にも協力しています。またソフトウェア更新による機能追加などデジタル面での顧客満足にも注力しています。こうした動きにより、日本 vs 中国ブランド間の差別化要因は縮小しつつあり、今後はサービスやユーザー体験も含めた総合力で競う必要があるでしょう。

中国サプライヤー活用の利点とリスク

最後に、中国サプライヤーを活用することの利点・リスクを整理します。トヨタの例は極端に映るかもしれませんが、他の企業も類似の選択を迫られる場面が増えるでしょう。その判断材料として、以下にメリット・デメリットをまとめました。

中国サプライヤー活用の主なメリット中国サプライヤー活用に伴う主なリスク(デメリット)
コスト競争力の向上: 一般に中国製部品は価格が2〜3割安く、完成車コストを大幅に削減可能。トヨタは中国部品活用で3割のコスト低減を見込む1。価格競争力を高め、EV普及期の市場で優位に立てる。系列サプライヤーへの打撃: 日系部品メーカーの受注減・収益悪化を招き、撤退・倒産リスクも。長期的には日本の部品産業基盤が弱体化し、イノベーション力低下につながる懸念1
*OEMと系列の「主従関係」が崩れ、系列再編・解体が進む可能性。
EV技術・リソースへのアクセス: 中国メーカーは電池・モーター等EV基幹部品で強みを持つ。提携により最新技術や大量生産スケールの恩恵を受けられ、製品開発スピード向上や調達安定化が期待1供給依存・地政学リスク: 中国依存度が高まることで、将来政治対立や輸出規制が起きた際に調達難に陥る恐れ。特に代替困難な部品で問題が起これば、生産計画が逼迫。リスクヘッジ策(複数国調達など)との両立が課題。
新興市場への適応力: 中国企業は新興国市場での低コスト競争経験が豊富。部品調達を通じ現地ニーズに合った廉価車種の企画に中国の知見を活用でき、市場適応力が向上。品質・ブランドへの影響: 中国製への不信感が残る市場では品質懸念を持たれる可能性。ただ近年は品質向上著しく大きな問題は少ないものの、万一重大不具合が起これば自社ブランド信用を損ない得る。

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