【年次総括】アジア太平洋(APAC) クロスボーダー M&A レビュー:業界別・国別で読む2025年の動向と2026年への示唆


2. 国別動向:主要国・地域の M&A トレンド

シンガポール:金融ハブ・技術拠点として資金集積と機能獲得が進展

57件(15.8%)で最多。2025年は、先端テクノロジー分野への投資と、金融・事業機能の獲得を目的とした戦略的M&Aが並行して進んだ。丸紅はAI・データ解析を手がけるZMA社に3,000万ドルを追加出資し、デジタルマーケティング領域での事業基盤を強化。リアルテック系ファンドは水素エネルギー関連のVFlow Techに追加出資を実行し、脱炭素・エネルギー転換分野でのプレゼンスを拡大した。NTTファイナンスは光通信スタートアップTranscelestialに出資し、次世代通信インフラへの布石を打った。一方で、ジャフコグループはアジア拠点子会社を現地ファンドに譲渡し、運用体制のスリム化と地域戦略の見直しを進めた。

また、金融分野では、三井住友信託銀行がシンガポールの資産運用会社AHAM Asset Managementに出資し、富裕層向けの国際的な資産管理機能を強化。シンガポールを拠点とするスタートアップやファンドへの出資も相次ぎ、同国が「資金と機能の集積地」としての地位をさらに高めた。全体として、シンガポールは日本企業にとって、成長市場へのゲートウェイであると同時に、先端技術・金融機能の獲得拠点としての重要性を一層強めた一年となった。

中国:現地事業の整理と「選択集中」

50件(13.8%)。対象地域内で唯一、撤退型(売却・持分譲渡)が投資型(買収・出資・合弁・資本提携)を大きく上回っている。観測された50件のうち、約3分の2が撤退・縮小(中国子会社株式の売却・一部譲渡等)で、残りの約3分の1弱が投資型(現地企業への出資・買収等)、残部は組織再編に分類される。具体例として、ソフトバンクグループによるアリババ株式の一部売却(上場持分の縮小)、ソリトンシステムズの中国子会社(通信情報機器等SI)全持分譲渡、クラボウ(倉敷紡績)の広州化工製品子会社の全株譲渡、丸一鋼管の中国子会社持分の台湾パートナーへの譲渡、アルテックの中国関連会社持分売却、アーレスティの中国工場持分の現地企業への譲渡など、撤退・縮小の動きが相次いだ。背景としては地政学リスクと成長鈍化が挙げられる。一方で、ニデック(日本電産)が中国のスクロール圧縮機メーカーXECOMを買収するなど、選別的な投資も観測された。全体としては撤退基調が明確でありつつ、高確度領域への限定的な投資が併走した一年である。

インド:金融エコシステムへの多面的接続と実需投資の併走

37件(10.2%)。 同一年に3メガ商銀の投資が相次ぎ、金融エコシステムへの接続が一段と進んだ点で象徴的である。SMBCグループは民間商業銀行YES BANKの株式を取得し、約2,400億円を投じて持分法適用会社化。みずほ証券は総合金融サービスを展開するAvendus Capitalの60%超を取得し、成長企業向けの資金調達・PEアドバイザリー・ウェルスマネジメントを束ねる投資銀行プラットフォームへのアクセスを獲得。三菱UFJ銀行はノンバンク大手Shriram Finance Limitedに20%を出資し、消費者・中小事業者向けクレジット供給基盤への接続を強化した。銀行・投資銀行・ノンバンクという異なるチャネルへの同時接続により、日印の資本・人材・案件パイプラインは多層で結び直された。実体側でも、双日のバイオメタン関連出資、商船三井のグリーンアンモニア製造への参画表明、Hondaの電力系スタートアップへの出資、KITZの特殊鋼メーカー買収、KOKUYOのオフィス家具メーカー(約100億円)買収、住友商事のトラック・バスメーカー株譲渡とエタノール製造会社出資などが続いた。厚いクレジット需要と資本市場の拡張を背景に、与信・市場・アドバイザリーの相互補完が機能し、案件創出の加速が見込まれる一年となった。

ベトナム:継続投資と多角化、チャイナ+1の受け皿としての存在感を強化

42件(11.6%)。2025年も「チャイナ+1」戦略の主要な受け皿として、製造・流通・サービス・ヘルスケアと幅広い分野で日本企業の投資が集まった。TISインテックグループは現地IT企業NTQ Solutionと資本業務提携を締結し、オフショア開発体制の強化とASEAN市場への展開を視野に入れる。AnyMind GroupはSNSコマース支援企業MISMを完全子会社化し、デジタルマーケティングとEC支援機能の現地展開を加速。ライオンは現地合弁会社(メラップ・ライオン)株式を追加取得して子会社化し、日用品の現地製造・販売体制を強化した。物流・インフラ分野でも、住友商事はベトナムの港湾運営大手ジェマデプト社(Gemadept Corporation)に追加出資を実行し、物流網の拡充と定盤づくりを推進。ヘルスケアでは、あすか製薬HDが製薬企業Hataphar社の子会社化を進め、医薬品の販売網を強化した。安定したマクロ経済と若年人口、親日的なビジネス環境を背景に、ベトナムは中長期的な投資先としての魅力を維持している。

タイ:製造・金融・インフラを軸に攻守の再編が進行

39件(10.8%)。製造業を中心に多彩な分野でM&Aが確認された。自動車関連ではダイキョーニシカワが樹脂部品製造子会社(DMS Tech)を完全子会社化し、部材供給体制を強化。インフラでは高砂熱学工業がタイの設備会社3社を買収し、東南アジアの施工・保守体制を拡充した。食品分野ではフジ日本食品が食品メーカーThai Wahとの合弁を関連会社化し、リース業では芙蓉総合リースが中古フォークリフト事業者マテハングループを買収して現地事業基盤を強化した。裾野産業が広く、製造業を中心に日本の経済的紐帯の深いタイが、その重要性を引き続き示した。

金融では伊藤忠商事とプレミアグループが自動車販売金融会社Eastern Commercial Leasing Publicの株式を取得して提携。伊藤忠商事は、長年パートナー関係にあったタイ最大財閥CPグループとの相互株式持ち合いを解消する資本再編も実施している。


マレーシア:供給網強化と拠点戦略の調整

18件(5.0%)。2025年は、製造・物流・建設・ITといった分野での供給網強化と、拠点戦略の見直しが進んだ。住友電設は機械設備エンジニアリング企業2社を子会社化し、東南アジアにおける施工体制の強化を図った。豊田通商はSK nexilis Malaysia社に資本参加し、EV用電池部材の安定調達体制を構築。ニチレイロジグループは低温物流事業者NL Litt Tatt Groupを子会社化し、マレーシアにおけるコールドチェーン網を拡充した。

消費財・サービス分野では、オザックスが業務用厨房機器卸のFKF社を買収し、外食・小売向けのB2B供給体制を強化。一方で、産業革新機構(INCJ)は通信インフラ企業edotco社の全保有株式を政府系ファンドに売却し、インタースペースはマレーシア子会社事業を他国に集約するなど、非中核事業の整理も進行。全体として、マレーシアでは、戦略資産への選択的投資と、拠点再編・資本回収の両面が進んだ。

インドネシア:市場規模・潜在力を見据えた多様な打ち手の実行

21件(5.8%)。ASEAN最大の経済規模と若年人口が幅広い産業において新規投資の加速を支えた。SBSホールディングスは2025年2月28日付でジャカルタの物流企業PT Tangguh Jaya Pratama(TJP)の株式77%を取得し、ミドル~ラストマイルのトラック輸送事業を自社グループに編入。レンゴーはタイ合弁経由でインドネシアの大手段ボールメーカーPT Prokemas Adhikari Kreasi(通称Mypak)の株式60%を取得する契約を締結し、西ジャワ・ブカシにある工場を含めた包装製造拠点を拡充した。

スタートアップ領域では、スパイラル・ベンチャーズとインドネシア財閥シナルマス系のLiving Lab Venturesは共同で「シナルマス・スパイラル・ジャパン・テーマファンド」を設立し、日系企業と東南アジア(特にインドネシア)のスタートアップ間のビジネス連携を促進する100百万ドル規模のVCファンドを発表した。同ファンドにはクールジャパン機構やMUFG傘下のダナモン銀行、ロート製薬などが出資し、日本・インドネシア企業の協業による新規事業創出を重視している。

フィリピン:エネルギー・インフラ案件の顕在化

9件(2.5%)。件数自体は他のASEAN諸国に比べれば少ないものの、エネルギー・インフラ分野に集中して投資を惹きつけてる点が注目される。特に、日本企業がフィリピンの再生エネルギーや資源インフラに参画する動きが目立った。住友金属鉱山はCoral Bay社を完全子会社化しニッケル供給源を確保。東京ガスは浮体式LNG受入基地事業会社(First Gen子会社)の株式20%を取得。大阪ガス子会社のオージス総研は現地IT企業の全事業を取得して都市インフラ関連ビジネスへ進出した。金融ではSMBCはフィリピンの商業銀行Rizal Commercial Banking Corporation(RCBC)の株式を24.46%まで追加取得。また、三井住友ファイナンス&リースがRCBC Leasing & Financeの株式30%を取得。「Build, Better, More」政策や再エネ推進を背景に、実需に根差した投資が進んだとみられる。

オーストラリア:大型資源案件と市場取り込み

16件(4.4%)。三井物産が西豪州Rhodes Ridge鉄鉱石権益40%を取得(約8,000億円)し、重要資源の安定調達を進めた。双日はUGL社の鉄道・公共インフラ建設部門株50%を取得し、インフラ参画を拡大。消費材・小売領域ではコロワイドが豪州/UAEでステーキレストランを展開するシーグラス社を買収し、白鶴酒造は豪州産ワインの輸入卸会社ファームストンの全株式を取得した。ITサービス領域では野村総研が豪州の債券取引サービス会社を買収し、海外通信支援機構(官民ファンド)は日豪間海底ケーブルSPC持分を処分した。資源・エネルギーの基盤確保と現地企業の取り込みが両輪で進んだとみられる。

韓国:ハイテク製造と金融での連携強化

31件(8.6%)。通信・電子機器・製薬などのハイテク系で技術アクセスを拡充し、同時に金融で提携が進展した。住友化学は無線モジュールのHUCOM WIRELESSを買収し、エプソンはGosan Techへ出資、グローバル・ブレインはDeeping Sourceに追加出資した。TimeTreeはSKテレコムと資本業務提携を締結し、金融面ではSBIホールディングスが教保生命を約20%まで引き上げて戦略連携を強化した。Z Venture Capitalによるディープテックに強みを有する韓国Bluepointへの出資、デンカの米ペガサス・テック・ベンチャーズとの共同運営ファンドを通じた韓国Naieel Technologyへの出資ほか、新技術・イノベーション領域での金融補完を交えた協業形態が複数確認された。

台湾:半導体・電池ほか成長分野で攻め、成熟分野は選択的整理

25件(6.9%)。SCマシネックス(住友商事グループ)とMarketechが半導体装置で合弁を設立し、日本ゼオンはSino Applied Technologyに出資するなど、重要供給網での連携が進展した。海運大手は洋上風力案件に参画し、LINEヤフーはLINE Bank(台湾)を子会社化してデジタル金融の主導権を確保した。一方、Toppan(凸版印刷)は凌巨科技を全株譲渡し、成熟領域の整理を進めた。大伸化学は大勤化成股份有限公司の株式を追加取得し保有比率を10%へ引き上げ、アジア展開を見据えた提携強化を図った。攻めのテーマでの連携を深めつつ、成熟分野の持分整理で資源配分を磨き込む姿勢が確認された。

香港:撤退と攻勢が交錯する選別の年

10件(2.8%)。象印マホービンは、家庭用品卸のLin & Partners Distributorsを子会社化し、現地の販売網とマーケティング機能を内製化。バロックジャパンは中国EC子会社を売却する一方、香港のEC支援IT企業を取得し、オムニチャネル戦略を強化した。金融では、大和証券グループがデジタル投資銀行Digital Climate Groupに出資し、アジア・中東でのインパクトファイナンス展開を狙った。一方、GMOフィナンシャルHDは、店頭FX事業を手がける香港子会社GMO-Z.com Forex HKを売却。香港市場の地政学的リスクや規制環境の変化を背景に、撤退と攻勢の選別が進んだ。

その他の国・地域

ミャンマー・バングラデシュ・スリランカ等は合計6件で、SGホールディングスのスリランカ子会社を完全子会社化といった組織再編のほかは縮小・統合の色合いが強かった。地政学や市場規模の制約が新規投資の拡大を抑えたとみられる。


3. 注目トピックとマクロ動向の考察

中国リスク対応:撤退と選別投資の併走

2025年は中国子会社・持分の売却が相次ぎ、規制・地政学・成長鈍化を踏まえた再評価が具体化した一方、圧縮機・投資会社など見極めた領域への投資も残った。メリハリ運用が定着したと捉えられる。

「チャイナ+1」:インド・東南アジアへの傾斜

インドの大型出資、ベトナム・タイ・インドネシア等への継続投資は、新興国ポートフォリオの再構築が進んだサインとみられる。人口規模・成長性・参入容易性を背景に、今後も中核市場として位置づけられそうだ。

スタートアップ投資とイノベーション

CVC/VCによる技術系スタートアップ投資が増え、シンガポール・韓国・インドでの先端人材・技術アクセスが進んだ。自前主義の補完として機能し、企業側のイノベーション力強化と新興企業の成長が相互に寄与している。

インフラ・エネルギー:脱炭素と資源安全保障

再エネ・リサイクルへの投資に加え、LNG・鉄鉱石など重要資源の権益取得が進み、供給の多角化が意識された。鉄道・都市インフラなど基盤整備需要への対応も広がり、官民連携の枠組みと親和性が高いと考えられる。

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