【年次総括】アジア太平洋(APAC) クロスボーダー M&A レビュー:業界別・国別で読む2025年の動向と2026年への示唆


1. 産業別動向:主要業界ごとの M&A トレンド

情報通信(デジタル領域):DX・ITサービスへの大量投資が継続

取引は65件(18.0%)と最多を記録した。DX需要とITサービスの外部化が追い風になったとみられる。NTT東日本はインドネシアの通信インフラ企業Integrasi Jaringan Ekosistemに出資し、LINEヤフー(Zホールディングス)は台湾のLINE Bankを子会社化した。野村総合研究所(NRI)は豪州の金融IT企業FIIG社を買収し、AnyMind GroupはベトナムのSNSコマース支援企業Vibulaを完全子会社化してデジタルマーケティング/EC支援を拡充した。

シンガポールやインドではAI・フィンテック系スタートアップへの投資が目立ち、丸紅のZMA社への3,000万ドル追加出資、リアルテック系ファンドによるVFlow Techへの追加出資、NTTファイナンスのTranscelestial出資などがみられた。テクノホライゾン傘下企業によるシンガポール・インドのAV/IT統合サービス企業COLLABORATION AND COMMUNICATION TECHNOLOGIES PRIVATE LIMITED(Colcom)の完全子会社化も確認され、自社DXの前進と現地新規事業の創出を同時に狙った動きとうかがえる。

化学・素材:ポートフォリオ再編と環境素材への選択投資が加速

取引件数は50件(13.9%)と全体の中でも高水準を維持。2025年は、中国事業の整理・撤退と環境対応型素材への選別的投資が同時進行した。三井化学は中国の国有石油大手の中国石油化工(シノペック)の子会社との合弁事業の持分完全譲渡を決定し、クラレも中国の樹脂シート子会社を江蘇双象集団に全株譲渡するなど、地政学リスクや収益性の観点から中国依存の見直しが進んだ。一方で、帝人フロンティアは東洋紡の中国エアバッグ子会社を取得し、安全部材分野での競争力強化を図るなど、選別的な攻勢投資も見られた。

また、阪和興業や第一実業がタイの廃タイヤリサイクル企業PYRO ENERGIEに出資するなど、循環型素材や脱炭素関連分野への関心が高まった。これらの動きは、環境対応と収益性の両立を模索するポートフォリオ再構築の一環と位置付けられ、従来の大量生産型から高付加価値・持続可能性重視への転換が鮮明となった。

金融:アジア新興国での地歩拡大とデジタル金融への本格対応

取引件数は36件(10.0%)。2025年は、アジア新興国における銀行・保険の大型出資と、フィンテック領域への戦略的投資が並行して進んだ。象徴的な事例として、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)がインドの民間大手銀行Yes Bankに約2,400億円を追加出資し、持分法適用会社化を実現。インド市場におけるプレゼンス強化と、法人向け金融サービスの拡充を狙った動きとみられる。また、SMBCはフィリピンの商業銀行Rizal Commercial Banking Corporationの株式を24.46%まで追加取得し、東南アジアでのネットワーク拡大を加速させた。

一方、再編も進行。第一生命HDはタイの保険会社OceanLifeとの資本提携を解消。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)はインドネシアのオートローン事業2社を合併し、効率化を図る。また、SBIホールディングスや丸紅などが決済・送金・融資領域のスタートアップに対する出資を継続し、デジタル金融インフラの構築と新たな収益源の確保に注力。特に、ブロックチェーンやAIを活用した信用スコアリング、クロスボーダー決済といった分野での投資が目立ち、従来型金融モデルからの脱却と新興市場への適応が進んだ。

ヘルスケア:ASEANでの市場拡大と中国リスクの最適化

取引件数は24件(6.6%)。2025年は、ASEAN市場での販路拡大と中国関連事業の選別的見直しが同時に進んだ。あすか製薬HDはベトナムの製薬企業Hataphar社を子会社化し、スズケンは韓国の医薬品流通企業へ出資するなど、成長市場での販売網強化を図った。一方で、栄研化学は中国の検査薬子会社を譲渡し、大塚HDも中国の医療機器メーカー株の一部を売却するなど、中国事業のリスク調整が進められた。

医療機器・ヘルステック分野では、日本光電がインドに技術開発子会社を設立する発表を行うなど、新興国の医療アクセス改善を見据えた戦略的投資も見られた。全体として、人口増加と医療需要の高まりが見込まれるASEAN市場への注力と、中国リスクの最適化を図る動きが交錯する構図となった。

消費財・小売:現地供給網の内製化とデジタル最適化の両輪

取引件数は33件(9.1%)。2025年は、現地市場の取り込みを目的とした川上・川中の内製化と、オムニチャネル戦略の深化が進展した。富永商事HDはシンガポールの青果卸Freshmart社をグループ化し、白鶴酒造は豪州のワイン輸入卸を買収するなど、現地流通網の獲得による販路拡大を図った。三菱商事はタイのThai Union GroupへのTOBを試みるなど、有力現地企業との資本連携を模索する動きも見られた(結果は不成立)。

一方、アパレル・日用品小売ではオンライン化・デジタル最適化が加速。バロックジャパンリミテッドは中国EC子会社を売却し、同時に香港のEコマース向けIT企業を取得するなど、従来型ビジネスモデルからの脱却とデジタル基盤の強化を進めた。全体として、現地密着型の供給体制構築と、消費者接点のデジタル化を両立させる戦略的再編が進行した年となった。

エネルギー・資源:資源権益の確保と投資ポートフォリオ再構築

取引件数は23件(6.4%)。脱炭素と経済安全保障の潮流を受けて、戦略資源の権益強化と投資ポートフォリオの見直しが同時進行した。住友金属鉱山はフィリピンのニッケル製錬合弁会社Coral Bay Nickel Corp.の残余株式を取得し完全子会社化。EV電池需要増を見据えたニッケル確保策であり、自社制御下で安定供給体制を築く動きといえる。

一方、オリックスはインドの再生エネ大手Greenko Energy Holdings株を全て売却し投資回収を図った。キャピタルリサイクリングの一環としての本件Exitであり、かつ、今後の脱炭素化社会に向けてより高成長が見込まれる次世代エネルギーに再投資する狙いが説明された。さらに、三井物産が西豪州の巨大鉄鉱石鉱山権益40%を約8,000億円で取得するなど、化石燃料代替や安定供給への備えとして資源分野への超大型投資も見られた。総じて、電池材料や鉱物のような将来価値の高い資産は積極的に押さえる一方、収益見通しが揺らぐ資産からは果断に撤退する動きがみられた。

輸送用機器:過剰資産の整理と電動化・地域最適化への布石

取引件数は21件(5.8%)。2025年は、特に中国市場における過剰資産の圧縮と撤退が相次いだ。TOYO TIREは中国子会社の持分86%を譲渡し、ブリヂストンは瀋陽工場からの撤退を決定。三菱自動車は中国でのエンジン合弁を解消し、ホンダトレーディングやトピー工業も現地子会社を売却するなど、収益性の低下や地政学リスクを背景とした中国事業の再構築が進んだ。

一方、成長市場では国別の最適配置と電動化対応が加速。ヤマハ発動機は豪州のボートメーカーTelwaterを買収し、オプティマスグループは豪州の自動車ディーラー網を取得。ミツバはインドネシア子会社を完全子会社化し、他方でH-ONEはインド現法を譲渡するなど、地域戦略の見直しと再集中が進められた。さらに、FCCがベトナムの電動二輪スタートアップDAT BIKEに出資し、TBKはインドのブレーキ大手Brakes Indiaと資本提携を結ぶなど、電動化・次世代モビリティへの布石も明確化。全体として、輸送用機器業界は、成熟市場での資産圧縮と新興市場での成長投資を両立させる二極戦略が顕著となった。

電子機器(エレクトロニクス):サプライチェーン再編と選択投資

取引件数は20件(5.5%)。2025年は、価格競争が激化する汎用領域からの撤退と、車載・医療・精密制御といった高付加価値分野への選択投資が進んだ。TOPPANホールディングスは台湾の液晶パネルメーカー凌巨科技股份有限公司(Raydium)の全株式を譲渡し、タムラ製作所も中国合弁から撤退するなど、収益性の低い製造拠点の整理が進行。

一方で、マークラインズは中国の大手ODM企業・華勤技術(Huaqin)と合弁会社を設立し、車載電子機器・ソフトウェア領域のデータ事業を強化。また、RSテクノロジーズは中国の江西盛泰精密光学の51%を取得し、菱電商事(RYODEN)はシンガポールの精密モーション制御企業Akribis Systemsの日本事業を承継するなど、精密制御・センシング分野への注力が目立った。さらに、デンカはウェアラブル電子聴診器を開発するシンガポールのスタートアップに出資し、医療×エレクトロニクスの融合領域にも進出。電子機器業界は、グローバルサプライチェーンの再編と、成長分野への資源再配分を通じた競争力強化に向けて、大きな転換点を迎えた年となった。

専門サービス:人材系は再編、コンサル・広告系は選別投資が進展

取引件数は20件(5.5%)。経営コンサル・M&Aアドバイザリー・広告等では市場性や顧客需要の高さから新規買収が相次いだ。YCPホールディングスはシンガポールの業務改善コンサル会社Renoir Holdings Pte. Ltd.を100%子会社化する契約を締結。また、マーキュリアHDのタイ子会社Mercuria (Thailand)は、ベトナムのM&Aアドバイザリー企業S&C Joint Stock Companyと資本業務提携を行うMOUを締結した。さらに広告・PR分野でも、デジタル広告需要の拡大を背景に日系大手による東南アジア企業の買収案件が散見された(例:博報堂グループによるASEANデジタル広告代理店買収など)。

他方、ネオキャリアはシンガポールの人材紹介子会社Reeracoen Groupを2024年末に全株式売却し、同社は東南アジアの人材ビジネスから実質撤退した。他方、Reeracoen側はMBO(経営陣買収)で独立し、現地ニーズへの迅速な対応を目指している。

その他の産業:物流・産業サービス・機械など

上記に挙げた主要産業以外の分野は件数ベースで全体の約20%程度を占めており、産業サービス物流機械が主要分野であった。以下、各セクターの動向を概括する。

  • 産業サービス:取引件数は19件、5.3%。工場向けエンジニアリングなど支援業務分野で拡大の動きがみられた。住友電設はマレーシアの設備工事会社2社を子会社化し東南アジアの建設サービス体制を強化。ダイキン工業はベトナムの計装システムインテグレーターであるAnh Nguyen Trading Technical Serviceの買収を発表。総じて、B2Bサービス分野では買収・提携、組織再編等によって、現地需要獲得力及びサービス体制の強化が進んだといえる。
  • 物流:取引件数は17件、4.7%では、日本の物流企業がアジアにおける供給網を拡充した。例えばSBSホールディングスはインドネシアの物流会社PT TANGGUH JAYA PRATAMAの株式77%を取得。また官民連携でSGホールディングスがスリランカ物流大手Expolanka社を完全子会社化するなど、東南アジア・南アジアにおけるネットワーク強化が進んだ。デジタル分野では日本企業がデジタルフォワーダーや物流IT企業への投資にも動いており、シンガポールのサプライチェーンシステム開発企業をTOPPANが買収するなど、物流需要の増えるASEAN市場での事業機会を狙う動きが各所でみられる。
  • 機械分野:取引件数は10件、2.8%。比較的動きの少ないセクターではあったが、生産財メーカーによるニッチ領域への進出や現地再編が行われた。例えば新明和工業は台湾の機械式駐車設備メーカーを現地子会社経由で買収し、駐車装置ビジネスを拡大。島津製作所はインドの計測機器と医療機器販売子会社2社を統合して営業効率化を図った。これらは現地拠点の合理化と成長分野へのリソース配分という点で共通しており、機械メーカー各社が世界的な需要構造の変化に対応した動きといえる。

以上、それぞれサプライチェーン強化や非中核事業整理、新市場への布石といったテーマで動きがあったことが確認できる。

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