
2025年にアジア太平洋地域(APAC)で日本企業が関与した化学・素材業界のクロスボーダー M&A は48件となった。中国では売却案件が集中し、インド・シンガポールでは将来の成長機会を見据えた出資が多く、タイではパートナーシップ再設計が進んだ。ベトナムでは中間素材の現地化に関連する案件が中心となり、国・地域ごとに明確な特徴がみられた一年だった。
中国:ポートフォリオ再構築と地政学リスク調整が加速
化学・素材関連の中国事例は10件すべてが売却であり、合弁解消やノンコア事業の整理が中心となった。規制対応コストや地政学リスクの高まりを踏まえ、生産拠点や合弁構造の見直しが進んだ。
シンガポール:先端素材・バイオケミカル分野への接続を目的とした出資が中心
シンガポールでは、少数持分による投資が多く観測された。特に先端材料、バイオケミカル、サステナブル素材などのスタートアップへのアクセスを目的とした動きが中心で、技術理解や次の事業展開への足場づくりとして活用されている。
インド:市場参入を加速するための共同基盤づくりが進展
インドでは出資案件が目立ち、現地企業との協働を早期に確立することで、市場参入のスピードを高める動きが続いた。現地化要求や市場拡大を背景に、共同開発・追加投資へ発展し得る柔軟な投資形態が選ばれている。
タイ:既存合弁の統治構造を見直す持分追加・再編が進む
タイでは、持分追加や組織再編を通じて既存合弁の意思決定体制を強化する動きが進展した。統治構造の整理と収益変動の抑制を目的として、長期的な関係のアップデートが進んでいる。
ベトナム:中間素材の現地供給体制が投資テーマの中心に
2025年にベトナムで確認された化学・素材案件は、段ボール、建築用ガラス、食品素材など、比較的汎用的な素材に集中した。
具体的には以下の領域が中心となった。
- 紙パッケージ(段ボール)の製造メーカーの買収
- 建築用ガラス企業の持分譲渡
- フレーバー・食品素材メーカーの買収
これらはいずれも輸送コスト・リードタイムの観点から現地供給の重要性が高い分野であり、消費市場・建築需要に紐づいて安定的な需要が見込まれる領域である。一方で、半導体向け材料や高機能ポリマーといった高度化学領域のエコシステムはまだ十分に成熟しておらず、投資テーマは生活圏に近い中間素材に限定される傾向が続いた。
注目事例
クラレ(タイ)
タイの合弁会社の持分を追加取得し、出資比率を73.4%に引き上げた。先進材料の供給安定性を確保しつつ、統治強化と収益性向上を目指す動きとして位置付けられる。
三井化学(中国)
中国の石化系合弁事業を完全譲渡し、地政学・規制・原料調達に関するリスク調整を進めた。
キッツ(インド)
高耐蝕・高純度材料を手掛けるインド企業を買収し、バルブ事業における高付加価値領域を補完した。
住友化学(台湾)
半導体向けプロセスケミカルの台湾メーカーを買収し、品質管理とサプライチェーンの安定化を進めた。
長谷川香料(ベトナム)
食品素材メーカーを買収し、ASEAN市場におけるローカル開発力の獲得と供給網の多元化を実現した。
取引動向の整理
48件の案件は、中国10件、インド7件、シンガポール6件、台湾・タイが各4件、ベトナム・韓国・マレーシアが続く構成となった。取引は5月・6月・11月に集中し、決算・ガバナンスサイクルとの同期が見られた。
マクロ背景と評価環境
売却や少数出資の増加は、企業がリスクとリターンの配分を再設計する動きを反映している。段階的な投資やアーンアウトの活用、品質移管リスクの価格反映など、化学領域特有の評価・実務上のテーマが重要度を増した。
特に半導体材料や高付加価値ポリマーでは、商流や顧客承認などの移管リスクが企業価値評価に強く影響し、投資判断の焦点となった。
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