1. サマリー(M&A 実施概況)

2025年10月、APAC(アジア太平洋地域)における日本企業のクロスボーダー M&A・資本提携の観測件数は26件。取引類型別では買収が6件、出資が12件、売却が2件、合弁が2件、組織再編が1件、その他が3件となっている。国・地域別ではシンガポールが最多(6件)で、次いで台湾(4件)、マレーシア(3件)、インド(3件)、中国(2件)、韓国(2件)、インドネシア(2件)、タイ(1件)、ベトナム(1件)、オーストラリア(1件)、香港(1件)という分布となった。
2-1.大型案件と視点(芝浦電子のTOB争奪戦)
芝浦電子(証券コード6957)はサーミスタ(温度センサー)を製造する中堅電子部品メーカーである。2025年に、台湾の電子部品メーカーであるヤゲオ(YAGEO)と日本のミネベアミツミの間で、異例の長期にわたるTOB(株式公開買付け)争奪戦が繰り広げられた。発端はヤゲオが芝浦電子の合意なしに買収を仕掛けたことで、芝浦電子は当初これに抵抗しホワイトナイトとしてミネベアミツミを迎え入れた。その後、TOB価格の競り上げ合戦や外為法(外国為替及び外国貿易法)に基づく政府審査による長期化を経て、最終的にはヤゲオ側のTOBが成立し、芝浦電子はヤゲオグループ傘下に入ることとなった。YAGEOは自社の販売ネットワークと芝浦電子のサーミスタ技術を組み合わせることでグローバル市場を開拓する狙いがあり、買付けの背景には需要の伸びる自動車や産業機器向け温度センサー事業を取り込みたい思惑がある。
成立までの主なタイムライン:
2/5 ヤゲオが芝浦電子に対するTOBを公表提案(4,300円)。芝浦電子は意見表明を留保。
4/10 ミネベアミツミがホワイトナイトとしてTOB公表(4,500円)。芝浦電子は賛同・応募推奨。
5/8 ヤゲオが6,200円へ引き上げ、TOB開始。両TOBが並走。
8/23 ヤゲオが最終価格7,130円へ引き上げ。
9/2 ヤゲオが外為法の承認取得を発表。
10/3 ヤゲオTOBが正式成立。以後、完全子会社化手続へ移行見込み。
今回の争奪戦は、同意なきTOBにホワイトナイトが対峙する古典的構図ながら、外資規制下での承認・条件付与、少数株主保護の観点(第三者算定・特別委員会)や競争原理の発動(複数案の並走)を通じて、プレミアムの大幅上乗せと最終的な合意形成が実現した点に示唆がある。日本企業の買収防衛と外資規制の運用に対し、価格・条件・承認プロセスの三位一体で臨むことの重要性が改めて浮き彫りになった。
2-2.その他の事例と潮流
- 素材・化学分野のサステナビリティ実装
東洋製缶グループHDがシンガポールのImpacFatへ出資(10/1)。細胞性魚脂肪によるオメガ3原料開発を支援。脱炭素化支援機構は廃棄プラスチック代替燃料の精製・販売を行うIdeation 3Xへ出資(10/10)。環境適合原料と循環型燃料の確保が、顧客維持・価格決定力の基盤に直結する。 - ASEANにおける物流・食品・ITの多面展開
ニチレイロジグループ本社がマレーシアの低温物流ICCL Groupの株式を取得(10/2)。ヤマエグローバル(ヤマエグループHD子会社)が食品輸入・販売のSea Master Foodへ34%出資し持分法適用会社化(10/7)。ミロク情報サービスはクラウドERPベンダーSynergix Technologies(シンガポール)を買収(10/22)。調達・在庫・販売・会計のデータ連動を見据えた機能拠点の磨き込みが続く。 - インド・インドネシアでの設備起点のキャッシュ創出
キッツグループがフッ素樹脂ライニング製品メーカーHorizon Polymer Engineering(インド)を買収(10/22)。ホンダが無停電電源装置リース事業を展開するOMC Power(インド)へ出資(10/28)。レンゴーは段ボールメーカーPT Prokemas Adhikari Kreasi(インドネシア)を買収し60%取得(10/30)。現地規制・需給に適合した設備投資は恒常キャッシュフローの獲得に直結する。 - 資本連携・ファンド設立によるテック獲得と射程拡張
バンカーズがフィンテック企業Helicap(シンガポール)とジョイントベンチャー型ファンドを設立(10/24)。デンカは米Pegasus Tech Venturesとの共同運営ファンドを通じてNaieel Technology(韓国、窒化ホウ素ナノチューブ)に出資(10/17)。テクノロジー探索—評価—資金供給を一体で進める枠組みが有効に機能している。
3.事例一覧(観測日ベース)
| 観測日 | 取引 | 地域 | 業界 | ヘッドライン |
|---|---|---|---|---|
| 10/1 | 出資 | シンガポール | 化学・素材 | 東洋製缶グループHD<5901>、細胞性の魚脂肪からオメガ3含有の機能性原料を開発するシンガポールImpacFatに出資 |
| 10/1 | 買収 | シンガポール | 専門サービス | YCPホールディングス(グローバル)リミテッド<9257>、経営コンサルティングサービス提供のシンガポールRenoir Holdingsを買収 |
| 10/1 | 売却 | 中国 | 輸送用機器 | TPR<6463>中国子会社、アイシン<7259>同国子会社の愛信(安慶)汽車零部件の出資持分50%を取得 |
| 10/1 | 出資 | 韓国 | 金融 | セブンセンスグループのSeven Star Partners、韓国の「韓日済州スタートアップファンド」の運用会社(GP)に選定 |
| 10/2 | 買収 | マレーシア | 物流 | ニチレイロジグループ本社、低温物流事業のマレーシアICCL Groupの株式を取得 |
| 10/6 | 出資 | 台湾 | ヘルスケア | キッズウェル・バイオ<4584>、アルフレッサHD<2784>及び台湾Mycenax Biotechなどと合弁会社を設立へ |
| 10/7 | その他 | タイ | 消費財・小売 | 三菱商事<8058>、タイ大手総合水産加工会社のThai Union GroupへのTOBが不成立 |
| 10/7 | 出資 | マレーシア | 消費財・小売 | ヤマエグループHD<7130>子会社のヤマエグローバル、食品輸入・販売のマレーシアSea Master Foodの株式34%を取得 持分法適用関連会社化 |
| 10/8 | 売却 | オーストラリア | 情報通信 | 海外通信・放送・郵便事業支援機構、日本~グアム~豪州間光海底ケーブル事業の関連SPCへの出資に係る株式を処分 |
| 10/10 | 買収 | マレーシア | その他製造業 | パンチ工業<6165>、金型関連部品販売のマレーシアBRIGHT MACHINE TOOLSを買収 |
| 10/10 | 出資 | シンガポール | 化学・素材 | 脱炭素化支援機構、廃棄プラスチック代替燃料精製・販売のシンガポールIdeation 3Xに出資 |
| 10/14 | 合弁 | 台湾 | 機械 | ヤマハ発動機<7272>、産業機器メーカーの台湾TOYO AUTOMATIONと産業用ロボット生産の合弁会社を設立 |
| 10/17 | 出資 | 韓国 | 金融 | デンカ<4061>、米ペガサス・テック・ベンチャーズとの共同運営ファンドを通じて窒化ホウ素ナノチューブ開発の韓国Naieel Technologyに出資 |
| 10/21 | その他 | ベトナム | 消費財・小売 | SANKO MARKETING FOODS<2762>、ベトナムAKIKO社の参加資本を同国SONG DE社に譲渡 合弁契約を解消 |
| 10/21 | その他 | 台湾 | 電子機器 | 台湾YAGEO Corporation、芝浦電子<6957>へのTOBが成立 |
| 10/22 | 買収 | インド | 化学・素材 | キッツ<6498>グループ、フッ素樹脂ライニング製品メーカーの印Horizon Polymer Engineeringを買収 |
| 10/24 | 組織再編 | シンガポール | 産業サービス | ASNOVA<9223>、持株会社をシンガポールに設立する旨の一部報道について「本件に関しては協議中」 |
| 10/24 | 合弁 | シンガポール | 金融 | バンカーズ、フィンテック企業のシンガポールHelicapとジョイントベンチャー型ファンドを設立 |
| 10/27 | 出資 | 台湾 | 電子機器 | ヨコオ<6800>、台湾で半導体市場向け検査ソリューションを提供する中華精測科技と戦略的資本・業務提携 |
| 10/28 | 出資 | インド | 産業サービス | ホンダ<7267>、無停電電源装置リース事業の印OMC Powerに出資 |
| 10/29 | 出資 | インドネシア | エネルギー・資源 | 三菱HCキャピタル<8593>、エネルギー効率化ソリューション提供のインドネシアAmerindo Energy Solutionsの在シンガポール持株会社に出資 |
| 10/29 | 出資 | インド | 消費財・小売 | ENRISSION INDIA CAPITAL運営ファンド、Z世代向けチョコレート菓子製造・販売の印Brio Hospitalityに出資 |
| 10/29 | 出資 | 香港 | 不動産 | フォーシーズHD<3726>、香港の持分法適用関連会社GBS Services Company Limitedの株式49%を取得 |
| 10/30 | 買収 | インドネシア | 化学・素材 | レンゴー<3941>、段ボールメーカーのインドネシアPT Prokemas Adhikari Kreasiを買収 60%の株式取得 |
| 10/31 | 出資 | シンガポール | 金融 | 東急不動産HD<3289>、シンガポールCross Capitalの運営ファンドにLP出資 |
| 10/31 | 買収 | 中国 | 専門サービス | マイクロアド<9553>、広告代理事業の中国微告(上海)広告を買収 |
用語の定義
- 買収:対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の取得
- 出資:対象会社(事業)にかかる過半数未満の支配権の取得
- 売却:対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の譲渡
- 一部譲渡:対象会社(事業)にかかる一部支配権の譲渡
- 資金調達:対象会社が第三者から資金を調達する行為(株式発行、転換社債、ファンドからの出資など)
- 組織再編:持株会社化、事業部門の統合、分割、吸収合併など、企業グループ内での構造変更
- 合弁:新会社の共同設立または既存会社の共同支配化(複数企業による共同出資で経営権を共有)
- 資本提携:資本関係を伴う業務提携(出資比率は少額で、経営権の取得を目的としない)
- 合併:複数企業が一体化し、単一法人となる行為(吸収合併・新設合併を含む)
- その他:上記に該当しない業務提携、ライセンス契約、協業開始、戦略的提携など
備考
- 本稿におけるAPACは、東アジア、南アジア、東南アジア(ASEAN他)、オセアニアの各国・地域を指す。
- 案件一覧は観測ベースで記載(発表日・効力発生日のずれ、各社の開示基準差分等を含む可能性あり)。
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