
1.サマリー(M&A 実施概況)
2025年8月、APAC(アジア太平洋地域)における日本企業のクロスボーダー M&A・資本提携の観測件数は12件。取引類型別の内訳は、買収:3件、出資:5件、売却:2件、その他:2件。国・地域別では、タイ4件、ベトナム4件、中国2件、香港1件、フィリピン1件という分布となった。
8月は、(i)食品・水産バリューチェーンの統合(タイ Union へのTOBなど)、(ii)ベトナムにおけるマルチセクター展開(食品・専門サービス・IT)、(iii)中国事業の選択と集中(子会社・商標権の売却)、(iv)ASEAN金融セクターへのアプローチ(比リース)、(v)タイを軸にした組織再編(吸収合併)と機械・装置の機能強化という5つの潮流が並走。サプライの安定性・収益性・資本効率を基準に、**“勝ち筋への再配分”**が一段と明確化した月だった。
2.個別事例と視点
1) グローバル水産の中核化:三菱商事 × Thai Union Group(タイ)
8/5、三菱商事はThai Union Groupに対してTOBを実施し、出資比率を20%に引き上げて持分法適用会社化。原料調達から加工・ブランド販売までの垂直統合を強化しつつ、サステナブル調達・トレーサビリティの高度化を図る。水産資源規制の厳格化、価格ボラティリティ、物流不確実性に対し、オペレーション×金融×需要予測を束ねる総合商社の腕の見せ所となる。
2) タイは“機能拠点”色を強める:フルサト・マルカHD/ユアサ商事
8/12、フルサト・マルカHDは食品機械輸入販売のMT Food Systemsを52%取得し子会社化。食品加工・飲料・流通の装置・エンジニアリング需要に直結する現地機能を取り込み、アフターサービス・部材供給の粘着力を高める。8/27にはユアサ商事がタイ・シンガポール子会社の吸収合併を公表し、在庫・与信・人員配置の最適化を加速。“中国+1”を超え、ASEAN域内での多拠点運用をタイ中心に再編する動きが読み取れる。
3) ベトナム:食品・専門サービス・ITでの分散進出
8/8 アシードHDはVIHAMARK GROUPを持分法適用関連会社化し、飲料製造の現地生産・販売一体化を前進。8/12 マーキュリアHDグループはベトナムのM&Aアドバイザリー S&Cと資本業務提携を結び、案件オリジネーション〜実行支援の地場網を強化。8/29 アピリッツはBunbu JSCを買収し、開発・運用体制のスケールとコスト競争力を確保。**“消費・サービスの量的拡大”דデジタル人材の厚み”**というベトナムの二面性を、複線的に取りに行く日本企業の姿勢が鮮明だ。
4) 中国は“磨き”と“切り離し”を同時進行:ダイニック/総医研HD
8/13 ダイニックは中国子会社(昆山司達福紡織)を譲渡、8/18 総医研HDは化粧品ブランド**「Bb Laboratories」商標権を譲渡**。固定費・在庫・無形資産の構成を見直し、資本効率とキャッシュ創出の改善を優先する動き。**“残す領域は深く、離す領域は速く”**というポートフォリオ運用が定着してきた。
5) フィリピン金融:リース×ASEANでの足場固め
8/20、三井住友ファイナンス&リースはRCBC Leasing & Financeに30%出資。産業機械・商用車・IT機器を対象に、中小企業の設備投資需要を取り込みつつ、日本本社の供給網と連動した金融ソリューションを提供できる体制を志向。フィンテック連携やリスク管理モデルのローカライズが実装の鍵となる。
6) 香港の消費財ディストリビューション:象印マホービン
8/5、象印マホービンは家庭用品の卸売・小売 Lin & Partners Distributorsを買収。GBA(広東・香港・マカオ)圏を見据えた販路の直握と価格・在庫コントロールの強化により、SKU拡張とEC連動を含むマルチチャネル戦略の柔軟性を高める。
3.事例一覧(観測日ベース)
観測日 | 取引類型 | 国/地域 | 業界 | 概要 |
---|---|---|---|---|
8/5 | 出資 | タイ | 食品 | 三菱商事〈8058〉、Thai Union GroupにTOB実施 出資比率**20%**へ(持分法適用会社化) |
8/5 | 買収 | 香港 | 消費財 | 象印マホービン〈7965〉、Lin & Partners Distributorsを買収 |
8/8 | 出資 | ベトナム | 食品 | アシードHD〈9959〉、VIHAMARK GROUPを持分法適用関連会社化 |
8/12 | 買収 | タイ | 機械 | フルサト・マルカHD〈7128〉、MT Food Systemsを買収(**52%**取得) |
8/12 | 出資 | ベトナム | 専門サービス | マーキュリアHD〈7347〉グループ、S&C Joint Stock Companyと資本業務提携 |
8/13 | 出資 | タイ | 食品 | 丸紅〈8002〉、Win Chance Foodsに出資 |
8/13 | 売却 | 中国 | 化学 | ダイニック〈3551〉、中国子会社昆山司達福紡織を譲渡 |
8/18 | 売却 | 中国 | ヘルスケア | 総医研HD〈2385〉、「Bb Laboratories」の商標権を譲渡 |
8/20 | 出資 | フィリピン | 金融 | 三井住友ファイナンス&リース、RCBC Leasing & Financeに30%出資 |
8/27 | その他 | タイ | 機械 | ユアサ商事〈8074〉、タイ・シンガポール子会社間の吸収合併を発表 |
8/27 | その他 | ベトナム | 情報通信 | FPTジャパンHD、FPTスマートテクノロジーズジャパンに出資 |
8/29 | 買収 | ベトナム | 情報通信 | アピリッツ〈4174〉、Bunbu Joint Stock Companyを買収 |
用語の定義
- 買収:対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の取得
- 出資:対象会社(事業)にかかる過半数未満の支配権の取得
- 売却:対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の譲渡
- 一部譲渡:対象会社(事業)にかかる一部支配権の譲渡
- 合弁:新会社の共同設立または既存会社の共同支配化
備考
- 本稿におけるAPACは、東アジア、南アジア、東南アジア(ASEAN他)、オセアニアの各国・地域を指す。
- 案件一覧は観測ベースで記載(発表日・効力発生日のずれ、各社の開示基準差分等を含む可能性あり)。
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