
1.サマリー(M&A 実施概況)
2025年7月、APAC(アジア太平洋地域)における日本企業のクロスボーダー M&A・資本提携の観測件数は16件だった。取引類型別の内訳は、買収:3件、出資:7件、売却:1件、一部譲渡:2件、合弁:2件、その他:1件。国・地域別では、中国とタイが各4件で最多、次いでインド3件、ベトナム2件、インドネシア1件、香港1件という分布となった。
7月は、(i)サーキュラーエコノミー/素材リサイクル(タイヤ熱分解油・銅箔など)と、(ii)電動化・電池関連サプライチェーンの再構築、(iii)中国事業の選択と集中(撤退・合弁解消・持分整理)、(iv)インドのディープテック/サステナブル領域へのベンチャー投資という4つの潮流が並走した月だった。中でも**タイ向け案件の連鎖(阪和興業・第一実業とPYRO ENERGIEの連動出資、IDホールディングスのタイ子会社再編)**や、中国でのポートフォリオ再構成(ブリヂストンの撤退、三菱自動車の合弁解消、大塚HDの一部株式譲渡、ニデックの買収)は、各社が収益性・資本効率・サプライ確度を軸に地政学・規制・需給変動を織り込む「再編の第二幕」に入っていることを示唆する。
一方、ベトナムでは、建設資材・基礎インフラの獲得(テノックス)と歯科ディストリビューションの拡大(歯愛メディカル)が観測され、中所得化・都市化の進展に連動する現地需要の取り込みが継続。香港ではハードウェア×Web3 関連の合弁が立ち上がり、特定ニッチ技術のサプライ拠点としての活用が目立った。
2.個別事例と視点
1) 循環型素材・タイヤ油化:阪和興業/第一実業 × PYRO ENERGIE(タイ)
7月はPYRO ENERGIEを巡る二つの出資が連続した。7/10(阪和興業)はタイヤ熱分解リサイクルに取り組むPYRO ENERGIEへ出資、7/16(第一実業)は同社が設立した廃タイヤ由来熱分解油の蒸留事業会社へVERASUWANと共同出資を実行。いずれもタイを軸にしたサーキュラー・サプライチェーンの実装であり、規制順守・品質安定化・トレーサビリティが競争力の鍵となる。自動車・運輸セクターの脱炭素/原料転換の流れに対し、日系トレーディング×現地パートナーの構図で供給・金融・顧客アクセスを束ね、原料から製品(再生油)までの一気通貫モデルを描いている点が特徴的だ。
2) 中国事業の“選択と集中”:ブリヂストン撤退/三菱自動車合弁解消/大塚HDの一部譲渡/ニデックの買収
7/14 ブリヂストンは中国でのトラック・バス用タイヤ事業から撤退(子会社普利司通(瀋陽)輪胎の全持分譲渡)。7/23 三菱自動車は瀋陽航天三菱の合弁解消を発表し、7/28 大塚HDはMicroPort Scientific Corporationに対する一部保有株式を譲渡して資本効率を向上。一方で、7/9 ニデック(Nidec)は中国でスクロールコンプレッサーの Changzhou Xecom Energy Technologies を買収し、空調・ヒートポンプ等の基幹ユニット領域を垂直統合。同じ中国でも、撤退・整理と攻めの獲得が同時進行しており、各社が収益性・技術適合・市場レジームを精査しながら**“勝ち残る領域に資本を厚く配分”**していることが浮かぶ。
3) インドのディープテック×サステナブル:ENRISSION INDIA CAPITAL の連続投資
7/3には養殖・養鶏飼料向けタンパク質のLoopworm、7/10には大気由来飲料水のUravu Labs、7/17にはファイバーベースのサステナブル包装のBambrew Plant Fiber TechnologyにENRISSION INDIA CAPITALが相次いで出資。食料・水・パッケージングという供給制約×環境負荷の交点を攻めるディープテックが三つ巴で並び、“資源効率性の高い新素材・新プロセス”が投資テーマの中核であることを物語る。巨大な内需と政策支援を背景に実装速度が増しやすいインド市場は、日本の事業会社やCVCにとっても戦略的オプションとなる。
4) タイは機能拠点化が加速:高砂熱学工業(設備)/IDホールディングス(IT)
7/2 高砂熱学工業はタイの設備関連会社THS INNOVATIONS など3社の株式取得を進め、HVAC・工場設備のエンジニアリング機能を域内最適化。7/31 IDホールディングスはタイの Innova Software を持分法適用会社化し、近隣国向けの開発・運用体制の強化を狙う。**“中国+1”**に加え、インド・ASEANを跨いだ“開発・生産・保守の多層分散”が常態化し、タイがハブ拠点として見直されている。
5) ベトナム:基礎インフラ×ヘルスケア・ディストリビューション
7/30 テノックスはベトナムのコンクリートパイル製造工場を買収へ。都市化・物流整備に伴う地盤改良・基礎施工需要取り込みが狙いだ。同日、歯愛メディカルはベトナムの歯科用品ディストリビューター NVDENT へ出資。デンタル市場の需要拡大(審美・予防・高付加価値材)と院内デジタル化を背景に、現地販売網+日本の調達・製品開発力でキャッシュジェネレーティブな地域ポジションを取りにいく動きが明確になった。
6) 香港の“技術ニッチ”活用:北紡の暗号資産マイニング機器 合弁
7/31 北紡は香港 THASH社と暗号資産マイニング機器の設計・製造・販売で合弁会社を設立。ハードウェア・ローカル規制・調達金融の三位一体を香港で組み、価格変動の大きい領域でも供給のアジリティを持つ形を志向。マス市場ではないが、利鞘・在庫回転・分散調達を設計できる“ニッチ技術のサプライ拠点”としての活用がにじむ。
3.事例一覧
観測日 | 取引類型 | 国/地域 | 業界 | 概要 |
---|---|---|---|---|
7/1 | 一部譲渡 | インド | エネルギー | オリックス〈8591〉、インドの大手再生可能エネルギー事業会社を傘下に持つGreenko Energy HDの一部株式を譲渡 |
7/2 | 買収 | タイ | 設備 | 高砂熱学工業〈1969〉、タイの設備関連会社THS INNOVATIONSなど3社の株式を取得 |
7/3 | 出資 | インド | 化学 | ENRISSION INDIA CAPITAL、養殖・養鶏飼料用タンパク質製造の印Loopwormに出資 |
7/9 | 買収 | 中国 | 機械 | ニデック〈6594〉中国子会社、スクロールコンプレッサーメーカーのChangzhou Xecom Energy Technologiesを買収 |
7/10 | 出資 | タイ | 化学 | 阪和興業〈8078〉、タイヤ熱分解リサイクル事業のタイPYRO ENERGIEに出資 |
7/10 | 出資 | インド | 食品 | ENRISSION INDIA CAPITAL、空気から生成した飲料水の印Uravu Labsに出資 |
7/14 | 売却 | 中国 | 輸送用機器 | ブリヂストン〈5108〉、子会社保有の普利司通(瀋陽)輪胎の全持分を譲渡(中国でのトラック・バス用タイヤ事業から撤退) |
7/15 | 合弁 | インドネシア | ヘルスケア | ステムセル研究所〈7096〉、インドネシアの複合企業体シナルマス創業家のファミリーオフィスと合弁契約を締結 |
7/16 | 出資 | タイ | 機械 | 第一実業〈8059〉、PYRO ENERGIEが設立した廃タイヤ由来熱分解油の蒸留事業会社にVERASUWANと共同出資 |
7/17 | 出資 | インド | 容器・包装 | ENRISSION INDIA CAPITAL、サステナブル包装素材の印Bambrew Plant Fiber Technologyに出資 |
7/23 | その他 | 中国 | 輸送用機器 | 三菱自動車〈7211〉、瀋陽航天三菱汽車発動機製造の合弁を解消 |
7/28 | 一部譲渡 | 中国 | ヘルスケア | 大塚HD〈4578〉、持分法適用関連会社MicroPort Scientific Corporationの一部保有株式を現地企業など3社に譲渡 |
7/30 | 買収 | ベトナム | 建設 | テノックス〈1905〉、ベトナムのコンクリートパイル製造工場を買収へ |
7/30 | 出資 | ベトナム | ヘルスケア | 歯愛メディカル〈3540〉、歯科用品・材料輸入等のNVDENT JOINT STOCK COMPANYに出資 |
7/31 | 出資 | タイ | 情報通信 | IDホールディングス〈4709〉、**Innova Software Co., Ltd.**を持分法適用会社化 |
7/31 | 合弁 | 香港 | 情報通信 | 北紡〈3409〉、香港THASH社と暗号資産マイニング機器の設計・製造・販売で合弁会社を設立 |
用語の定義
- 買収:対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の取得
- 出資:対象会社(事業)にかかる過半数未満の支配権の取得
- 売却:対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の譲渡
- 一部譲渡:対象会社(事業)にかかる一部支配権の譲渡
- 合弁:新会社の共同設立または既存会社の共同支配化
備考
- 本稿におけるAPACは、東アジア、南アジア、東南アジア(ASEAN他)、オセアニアの各国・地域を指す。
- 案件一覧は観測ベースで記載(発表日・効力発生日のずれ、各社の開示基準差分等を含む可能性あり)。
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