
要旨
2025年、日本企業によるアジア太平洋(APAC)でのM&Aは合計361件(Syntax Partners調査、観測日ベース。以下同)となり、シンガポール(57件、15.8%)が最多、中国(50件、13.8%)・ベトナム(42件、11.6%)・タイ(39件、10.8%)・インド(37件、10.2%)が続いた。業界別では情報通信(69件、19.1%)が突出し、化学・素材(13.3%)、消費財・小売(8.9%)、ヘルスケア(7.8%)が上位に並んだ。2025年は、地政学リスク対応と成長領域の深掘りが並行し、アジア太平洋全体でポートフォリオ再構築が加速した一年と総括できる。
本稿は、まず国・地域別および業界別の集計を確認したうえで、その分析を主要業界・主要国の動向、さらには横断テーマへと展開する。
M&A案件集計
業界別件数
| 業界 | 件数 | 構成比 |
| 情報通信 | 65 | 18.0% |
| 化学・素材 | 50 | 13.9% |
| 金融 | 36 | 10.0% |
| 消費財・小売 | 33 | 9.1% |
| ヘルスケア | 24 | 6.6% |
| エネルギー・資源 | 23 | 6.4% |
| 輸送用機器 | 21 | 5.8% |
| 電子機器 | 20 | 5.5% |
| 専門サービス | 20 | 5.5% |
| 産業サービス | 19 | 5.3% |
| 物流 | 17 | 4.7% |
| 機械 | 10 | 2.8% |
| その他製造業 | 10 | 2.8% |
| 不動産 | 7 | 1.9% |
| 娯楽・余暇 | 6 | 1.7% |
| 合計 | 361 | 100.0% |
(図1)2025年APACにおける日本企業のM&A件数(業界別)
国・地域別件数
| 国・地域 | 件数 | 構成比 |
|---|---|---|
| シンガポール | 57 | 15.8% |
| 中国 | 50 | 13.8% |
| ベトナム | 42 | 11.6% |
| タイ | 39 | 10.8% |
| インド | 37 | 10.2% |
| 韓国 | 31 | 8.6% |
| 台湾 | 25 | 6.9% |
| インドネシア | 21 | 5.8% |
| マレーシア | 18 | 5.0% |
| オーストラリア | 16 | 4.4% |
| 香港 | 10 | 2.8% |
| フィリピン | 9 | 2.5% |
| その他(ミャンマー等) | 6 | 1.7% |
| 合計 | 361 | 100% |
(図2)2025年APACにおける日本企業のM&A件数(国別)
1. 産業別動向:主要業界ごとの M&A トレンド
情報通信(デジタル領域):DX・ITサービスへの大量投資が継続
取引は65件(18.0%)と最多を記録した。DX需要とITサービスの外部化が追い風になったとみられる。NTT東日本はインドネシアの通信インフラ企業に出資し、LINEヤフー(Zホールディングス)は台湾のLINE Bankを子会社化した。野村総合研究所(NRI)は豪州の金融IT企業FIIG社を買収し、AnyMind GroupはベトナムのSNSコマース支援企業を完全子会社化してデジタルマーケティング/EC支援を拡充した。
シンガポールやインドではAI・フィンテック系スタートアップへの投資が目立ち、丸紅のZMA社への3,000万ドル追加出資、リアルテック系ファンドによるVFlow Techへの追加出資、NTTファイナンスのTranscelestial出資などがみられた。テクノホライゾン傘下企業によるシンガポール・インドのAV/IT統合サービス企業の買収も確認され、自社DXの前進と現地新規事業の創出を同時に狙った動きとうかがえる。
化学・素材:ポートフォリオ再編と環境素材への選択投資が加速
取引件数は50件(13.9%)と全体の中でも高水準を維持。2025年は、中国事業の整理・撤退と環境対応型素材への選別的投資が同時進行した。三井化学は中国の合弁事業からの撤退を決定し、クラレも中国の樹脂シート子会社を現地パートナーに全株譲渡するなど、地政学リスクや収益性の観点から中国依存の見直しが進んだ。一方で、帝人フロンティアは東洋紡の中国エアバッグ子会社を取得し、安全部材分野での競争力強化を図るなど、選別的な攻勢投資も見られた。
また、阪和興業や第一実業がタイの廃タイヤリサイクル企業に出資するなど、循環型素材や脱炭素関連分野への関心が高まった。これらの動きは、環境対応と収益性の両立を模索するポートフォリオ再構築の一環と位置付けられ、従来の大量生産型から高付加価値・持続可能性重視への転換が鮮明となった。
金融:アジア新興国での地歩拡大とデジタル金融への本格対応
取引件数は36件(10.0%)。2025年は、アジア新興国における銀行・保険の大型出資と、フィンテック領域への戦略的投資が並行して進んだ。象徴的な事例として、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)がインドの民間大手銀行Yes Bankに約2,400億円を追加出資し、持分法適用会社化を実現。インド市場におけるプレゼンス強化と、法人向け金融サービスの拡充を狙った動きとみられる。さらに、三菱UFJ銀行はフィリピンのRCBC株式を24.46%まで追加取得し、東南アジアでのネットワーク拡大を加速させた。
一方、再編も進行。第一生命HDはタイの保険会社OceanLifeとの資本提携を解消。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)はインドネシアのオートローン事業2社を合併し、効率化を図る。また、SBIホールディングスや丸紅などが決済・送金・融資領域のスタートアップに対する出資を継続し、デジタル金融インフラの構築と新たな収益源の確保に注力。特に、ブロックチェーンやAIを活用した信用スコアリング、クロスボーダー決済といった分野での投資が目立ち、従来型金融モデルからの脱却と新興市場への適応が進んだ。
ヘルスケア:ASEANでの市場拡大と中国リスクの最適化
取引件数は24件(6.6%)。2025年は、ASEAN市場での販路拡大と中国関連事業の選別的見直しが同時に進んだ。あすか製薬HDはベトナムの製薬企業Hataphar社を子会社化し、スズケンは韓国の医薬品流通企業へ出資するなど、成長市場での販売網強化を図った。一方で、栄研化学は中国の検査薬子会社を譲渡し、大塚HDも中国の医療機器メーカー株の一部を売却するなど、中国事業のリスク調整が進められた。
医療機器・ヘルステック分野では、日本光電がインドの遠隔医療スタートアップに出資するなど、新興国の医療アクセス改善を見据えた戦略的投資も見られた。全体として、人口増加と医療需要の高まりが見込まれるASEAN市場への注力と、中国リスクの最適化を図る動きが交錯する構図となった。
消費財・小売:現地供給網の内製化とデジタル最適化の両輪
取引件数は33件(9.1%)。2025年は、現地市場の取り込みを目的とした川上・川中の内製化と、オムニチャネル戦略の深化が進展した。富永商事HDはシンガポールの青果卸Freshmart社をグループ化し、白鶴酒造は豪州のワイン輸入卸を買収するなど、現地流通網の獲得による販路拡大を図った。三菱商事はタイのThai Union GroupへのTOBを試みるなど、有力現地企業との資本連携を模索する動きも見られた(結果は不成立)。
一方、アパレル・日用品小売ではオンライン化・デジタル最適化が加速。バロックジャパンリミテッドは中国EC子会社を売却し、同時に香港のEコマース向けIT企業を取得するなど、従来型ビジネスモデルからの脱却とデジタル基盤の強化を進めた。全体として、現地密着型の供給体制構築と、消費者接点のデジタル化を両立させる戦略的再編が進行した年となった。
エネルギー・資源:資源権益の確保と投資ポートフォリオ再構築
取引件数は23件(6.4%)。脱炭素と経済安全保障の潮流を受けて、戦略資源の権益強化と投資ポートフォリオの見直しが同時進行した。住友金属鉱山はフィリピンのニッケル製錬合弁会社Coral Bay Nickel Corp.の残余株式を取得し完全子会社化。EV電池需要増を見据えたニッケル確保策であり、自社制御下で安定供給体制を築く動きといえる。
一方、オリックスはインドの再生エネ大手Greenko Energy Holdings株を全て売却し投資回収を図った。キャピタルリサイクリングの一環としての本件Exitであり、かつ、今後の脱炭素化社会に向けてより高成長が見込まれる次世代エネルギーに再投資する狙いが説明された。さらに、三井物産が西豪州の巨大鉄鉱石鉱山権益40%を約8,000億円で取得するなど、化石燃料代替や安定供給への備えとして資源分野への超大型投資も見られた。総じて、電池材料や鉱物のような将来価値の高い資産は積極的に押さえる一方、収益見通しが揺らぐ資産からは果断に撤退する動きがみられた。
輸送用機器:過剰資産の整理と電動化・地域最適化への布石
取引件数は21件(5.8%)。2025年は、特に中国市場における過剰資産の圧縮と撤退が相次いだ。TOYO TIREは中国子会社の持分86%を譲渡し、ブリヂストンは瀋陽工場からの撤退を決定。三菱自動車は中国でのエンジン合弁を解消し、ホンダトレーディングやトピー工業も現地子会社を売却するなど、収益性の低下や地政学リスクを背景とした中国事業の再構築が進んだ。
一方、成長市場では国別の最適配置と電動化対応が加速。ヤマハ発動機は豪州のボートメーカーTelwaterを買収し、オプティマスグループは豪州の自動車ディーラー網を取得。ミツバはインドネシア子会社を完全子会社化し、H-ONEはインド現法を譲渡するなど、地域戦略の見直しと再集中が進められた。さらに、FCCがベトナムの電動二輪スタートアップDAT BIKEに出資し、TBKはインドのBrakes Indiaと資本提携を結ぶなど、電動化・次世代モビリティへの布石も明確化。全体として、輸送用機器業界は、成熟市場での資産圧縮と新興市場での成長投資を両立させる二極戦略が顕著となった。輸送用機器(自動車・乗り物関連):中国事業の整理と新領域への進出
電子機器(エレクトロニクス):サプライチェーン再編と選択投資
取引件数は20件(5.5%)。2025年は、価格競争が激化する汎用領域からの撤退と、車載・医療・精密制御といった高付加価値分野への選択投資が進んだ。TOPPANホールディングスは台湾の液晶パネルメーカー凌巨科技の全株式を譲渡し、タムラ製作所も中国合弁から撤退するなど、収益性の低い製造拠点の整理が進行。
一方で、マークラインズは中国の大手ODM企業・華勤技術(Huaqin)と合弁会社を設立し、車載電子機器・ソフトウェア領域のデータ事業を強化。また、RSテクノロジーズは中国のカメラモジュールメーカーの51%を取得し、菱電商事(RYODEN)はシンガポールの精密モーション制御企業Akribis Systemsの日本事業を承継するなど、精密制御・センシング分野への注力が目立った。さらに、デンカはウェアラブル電子聴診器を開発するスタートアップに出資し、医療×エレクトロニクスの融合領域にも進出。電子機器業界は、グローバルサプライチェーンの再編と、成長分野への資源再配分を通じた競争力強化に向けて、大きな転換点を迎えた年となった。
専門サービス:人材系は再編、コンサル・広告系は選別投資が進展
取引件数は20件(5.5%)。経営コンサル・M&Aアドバイザリー・広告等では市場性や顧客需要の高さから新規買収が相次いだ。YCPホールディングスはシンガポールの業務改善コンサル会社Renoir Holdings Pte. Ltd.を100%子会社化する契約を締結。また、マーキュリアHDのタイ子会社Mercuria (Thailand)は、ベトナムのM&Aアドバイザリー企業S&C Joint Stock Companyと資本業務提携を行うMOUを締結した。さらに広告・PR分野でも、デジタル広告需要の拡大を背景に日系大手による東南アジア企業の買収案件が散見された(例:博報堂グループによるASEANデジタル広告代理店買収など)。
他方、ネオキャリアはシンガポールの人材紹介子会社Reeracoen Groupを2024年末に全株式売却し、同社は東南アジアの人材ビジネスから実質撤退した。他方、Reeracoen側はMBO(経営陣買収)で独立し、現地ニーズへの迅速な対応を目指している。
その他の産業:物流・産業サービス・機械など
上記に挙げた主要産業以外の分野は件数ベースで全体の約20%程度を占めており、産業サービス、物流、機械が主要分野であった。以下、各セクターの動向を概括する。
- 産業サービス:取引件数は19件、5.3%。工場向けエンジニアリングなど支援業務分野で拡大の動きがみられた。住友電設はマレーシアの設備工事会社2社を子会社化し東南アジアの建設サービス体制を強化。ダイキン工業はベトナムの計装システムインテグレーターであるAnh Nguyen Trading Technical Serviceの買収を発表。総じて、B2Bサービス分野では買収・提携、組織再編等によって、現地需要獲得力及びサービス体制の強化が進んだといえる。
- 物流:取引件数は17件、4.7%では、日本の物流企業がアジアにおける供給網を拡充した。例えばSBSホールディングスはインドネシアの物流会社PT TANGGUH JAYA PRATAMAの株式77%を取得。また官民連携でSGホールディングスがスリランカ物流大手Expolanka社を完全子会社化するなど、東南アジア・南アジアにおけるネットワーク強化が進んだ。デジタル分野では日本企業がデジタルフォワーダーや物流IT企業への投資にも動いており、シンガポールのサプライチェーンシステム開発企業をTOPPANが買収するなど、物流需要の増えるASEAN市場での事業機会を狙う動きが各所でみられる。
- 機械分野:取引件数は10件、2.8%。比較的動きの少ないセクターではあったが、生産財メーカーによるニッチ領域への進出や現地再編が行われた。例えば新明和工業は台湾の機械式駐車設備メーカーを現地子会社経由で買収し、駐車装置ビジネスを拡大。島津製作所はインドの計測機器と医療機器販売子会社2社を統合して営業効率化を図った。これらは現地拠点の合理化と成長分野へのリソース配分という点で共通しており、機械メーカー各社が世界的な需要構造の変化に対応した動きといえる。
以上、それぞれサプライチェーン強化や非中核事業整理、新市場への布石といったテーマで動きがあったことが確認できる。
2. 国別動向:主要国・地域の M&A トレンド
シンガポール:金融ハブ・技術拠点として資金集積と機能獲得が進展
57件(15.8%)で最多。2025年は、先端テクノロジー分野への投資と、金融・事業機能の獲得を目的とした戦略的M&Aが並行して進んだ。丸紅はAI・データ解析を手がけるZMA社に3,000万ドルを追加出資し、デジタルマーケティング領域での事業基盤を強化。リアルテック系ファンドは水素エネルギー関連のVFlow Techに追加出資を実行し、脱炭素・エネルギー転換分野でのプレゼンスを拡大した。NTTファイナンスは光通信スタートアップTranscelestialに出資し、次世代通信インフラへの布石を打った。一方で、ジャフコグループはアジア拠点子会社を現地ファンドに譲渡し、運用体制のスリム化と地域戦略の見直しを進めた。加えて、AnyMind Groupがベトナムのソーシャルコマース支援企業を完全子会社化したのに対し、シンガポールではAV/IT統合プラットフォームを買収するなど、域内でのデジタル機能の水平展開も進んだ。
また、金融分野では、三井住友信託銀行がシンガポールの資産運用会社に出資し、富裕層向けの国際的な資産管理機能を強化。シンガポールを拠点とするスタートアップやファンドへの出資も相次ぎ、同国が「資金と機能の集積地」としての地位をさらに高めた。全体として、シンガポールは日本企業にとって、成長市場へのゲートウェイであると同時に、先端技術・金融機能の獲得拠点としての重要性を一層強めた一年となった。
中国:現地事業の整理と「選択集中」
50件(13.8%)。対象地域内で唯一、撤退型(売却・持分譲渡)が投資型(買収・出資・合弁・資本提携)を大きく上回っている。観測された50件のうち、約3分の2が撤退・縮小(中国子会社株式の売却・一部譲渡等)で、残りの約3分の1弱が投資型(現地企業への出資・買収等)、残部は組織再編に分類される。具体例として、ソフトバンクグループによるアリババ株式の一部売却(上場持分の縮小)、ソリトンシステムズの中国子会社(通信情報機器等SI)全持分譲渡、クラボウ(倉敷紡績)の広州化工製品子会社の全株譲渡、丸一鋼管の中国子会社持分の台湾パートナーへの譲渡、アルテックの中国関連会社持分売却、アーレスティの中国工場持分の現地企業への譲渡など、撤退・縮小の動きが相次いだ。背景としては地政学リスクと成長鈍化が挙げられる。一方で、サイバーステップが海南省の投資会社を買収し、ニデック(日本電産)が中国のスクロール圧縮機メーカーを買収するなど、選別的な投資も観測された。全体としては撤退基調が明確でありつつ、高確度領域への限定的な投資が併走した一年である。
インド:金融エコシステムへの多面的接続と実需投資の併走
37件(10.2%)。 同一年に3メガ商銀の投資が相次ぎ、金融エコシステムへの接続が一段と進んだ点で象徴的である。SMBCグループは民間商業銀行YES BANKの株式を取得し、約2,400億円を投じて持分法適用会社化。みずほ証券は総合金融サービスを展開するAvendus Capitalの60%超を取得し、成長企業向けの資金調達・PEアドバイザリー・ウェルスマネジメントを束ねる投資銀行プラットフォームへのアクセスを獲得。三菱UFJ銀行はノンバンク大手Shriram Finance Limitedに20%を出資し、消費者・中小事業者向けクレジット供給基盤への接続を強化した。銀行・投資銀行・ノンバンクという異なるチャネルへの同時接続により、日印の資本・人材・案件パイプラインは多層で結び直された。実体側でも、双日のバイオメタン関連出資、商船三井のグリーンアンモニア製造への参画表明、Hondaの電力系スタートアップへの出資、KITZの特殊鋼メーカー買収、KOKUYOのオフィス家具メーカー(約100億円)買収、住友商事のトラック・バスメーカー株譲渡とエタノール製造会社出資などが続いた。厚いクレジット需要と資本市場の拡張を背景に、与信・市場・アドバイザリーの相互補完が機能し、案件創出の加速が見込まれる一年となった。
ベトナム:継続投資と多角化、チャイナ+1の受け皿としての存在感を強化
42件(11.6%)。2025年も「チャイナ+1」戦略の主要な受け皿として、製造・流通・サービス・ヘルスケアと幅広い分野で日本企業の投資が集まった。TISインテックグループは現地IT企業NTQ Solutionと資本業務提携を締結し、オフショア開発体制の強化とASEAN市場への展開を視野に入れる。AnyMind GroupはSNSコマース支援企業を完全子会社化し、デジタルマーケティングとEC支援機能の現地展開を加速。ライオンは現地合弁会社(メラップ・ライオン)株式を追加取得して子会社化し、日用品の現地製造・販売体制を強化した。物流・インフラ分野でも、住友商事はベトナムの港湾運営大手ジェマデプト社(Gemadept Corporation)に追加出資を実行し、物流網の拡充と定盤づくりを推進。ヘルスケアでは、あすか製薬HDが製薬企業Hataphar社の子会社化を進め、医薬品の販売網を強化した。安定したマクロ経済と若年人口、親日的なビジネス環境を背景に、ベトナムは中長期的な投資先としての魅力を維持している。
タイ:製造・金融・インフラを軸に攻守の再編が進行
39件(10.8%)。製造業を中心に多彩な分野でM&Aが確認された。自動車関連ではダイキョーニシカワが樹脂部品製造子会社(DMS Tech)を完全子会社化し、部材供給体制を強化。インフラでは高砂熱学工業がタイの設備会社3社を買収し、東南アジアの施工・保守体制を拡充した。食品分野ではフジ日本食品が食品メーカーThai Wahとの合弁を整理して関連会社化し、リース業では芙蓉総合リースが中古フォークリフト事業者マテハングループを買収して現地事業基盤を強化した。裾野産業が広く、製造業を中心に日本の経済的紐帯の深いタイが、その重要性を引き続き示した一年であった。
金融では伊藤忠商事とプレミアグループが自動車販売金融会社Eastern Commercial Leasing Publicの株式を取得して提携。伊藤忠商事は、長年パートナー関係にあったタイ最大財閥CPグループとの相互株式持ち合いを解消する資本再編も実施している。
マレーシア:供給網強化と拠点戦略の調整
18件(5.0%)。2025年は、製造・物流・建設・ITといった分野での供給網強化と、拠点戦略の見直しが進んだ。住友電設は機械設備エンジニアリング企業2社を子会社化し、東南アジアにおける施工体制の強化を図った。豊田通商はSK nexilis Malaysia社に資本参加し、EV用電池部材の安定調達体制を構築。ニチレイロジグループは低温物流事業者NL Litt Tatt Groupを子会社化し、マレーシアにおけるコールドチェーン網を拡充した。
消費財・サービス分野では、オザックスが業務用厨房機器卸のFKF社を買収し、外食・小売向けのB2B供給体制を強化。一方で、産業革新機構(INCJ)は通信インフラ企業edotco社の全保有株式を政府系ファンドに売却し、インタースペースはマレーシア子会社事業を他国に集約するなど、非中核事業の整理も進行。全体として、マレーシアでは、戦略資産への選択的投資と、拠点再編・資本回収の両面が進んだ。
フィリピン:エネルギー・インフラ案件の顕在化
9件(2.5%)。件数自体は他のASEAN諸国に比べれば少ないものの、エネルギー・インフラ分野に集中して投資を惹きつけてる点は注目される。特に、日本企業がフィリピンの再生エネルギーや資源インフラに参画する動きが目立った。住友金属鉱山はCoral Bay社を完全子会社化しニッケル供給源を確保。東京ガスは浮体式LNG受入基地事業会社(First Gen子会社)の株式20%を取得。大阪ガス子会社は現地IT企業の全事業を取得して都市インフラ関連ビジネスへ進出した。金融では三井住友ファイナンス&リースが財閥系リース会社RCBC Leasing & Financeの株式30%を取得。「Build, Better, More」政策や再エネ推進を背景に、実需に根差した投資が進んだとみられる。
インドネシア:市場規模・潜在力を見据えた多様な打ち手の実行
21件(5.8%)。ASEAN最大の経済規模と若年人口が幅広い産業において新規投資の加速を支えた。SBSホールディングスは2025年2月28日付でジャカルタの物流企業PT Tangguh Jaya Pratama(TJP)の株式77%を取得し、ミドル~ラストマイルのトラック輸送事業を自社グループに編入。レンゴーはタイ合弁経由でインドネシアの大手段ボールメーカーPT Prokemas Adhikari Kreasi(通称Mypak)の株式60%を取得する契約を締結し、西ジャワ・ブカシにある工場を含めた包装製造拠点を拡充した。
スタートアップ領域では、スパイラル・ベンチャーズとインドネシア財閥シナルマス系のLiving Lab Venturesは共同で「シナルマス・スパイラル・ジャパン・テーマファンド」を設立し、日系企業と東南アジア(特にインドネシア)のスタートアップ間のビジネス連携を促進する100百万ドル規模のVCファンドを発表した。同ファンドにはクールジャパン機構やMUFG傘下のダナモン銀行、ロート製薬などが出資し、日本・インドネシア企業の協業による新規事業創出を重視している。
オーストラリア:大型資源案件と市場取り込み
16件(4.4%)。三井物産が西豪州Rhodes Ridge鉄鉱石権益40%を取得(約8,000億円)し、重要資源の安定調達を進めた。双日はUGL社の鉄道・公共インフラ建設部門株50%を取得し、インフラ参画を拡大。消費材・小売領域ではコロワイドが豪州/UAEでステーキレストランを展開するシーグラス社を買収し、白鶴酒造は豪州産ワインの輸入卸会社ファームストンの全株式を取得した。ITサービス領域では野村総研が豪州の債券取引サービス会社を買収し、海外通信支援機構(官民ファンド)は日豪間海底ケーブルSPC持分を処分した。資源・エネルギーの基盤確保と現地企業の取り込みが両輪で進んだとみられる。
台湾:半導体・電池ほか成長分野で攻め、成熟分野は選択的整理
25件(6.9%)。SCマシネックス(住友商事グループ)とMarketechが半導体装置で合弁を設立し、日本ゼオンはSino Applied Technologyに出資するなど、重要供給網での連携が進展した。海運大手は洋上風力案件に参画し、LINEヤフーはLINE Bank(台湾)を子会社化してデジタル金融の主導権を確保した。一方、Toppan(凸版印刷)は凌巨科技を全株譲渡し、成熟領域の整理を進めた。大伸化学は大勤化成股份有限公司の株式を追加取得し保有比率を10%へ引き上げ、アジア展開を見据えた提携強化を図った。攻めのテーマでの連携を深めつつ、成熟分野の持分整理で資源配分を磨き込む姿勢が確認された。
韓国:ハイテク製造と金融での連携強化
31件(8.6%)。通信・電子機器・製薬などのハイテク系で技術アクセスを拡充し、同時に金融で提携が進展した。住友化学は無線モジュールのHUCOM WIRELESSを買収し、エプソンはGosan Techへ出資、グローバル・ブレインはDeeping Sourceに追加出資した。TimeTreeはSKテレコムと資本業務提携を締結し、金融面ではSBIホールディングスが教保生命を約20%まで引き上げて戦略連携を強化した。Z Venture Capitalによるディープテックに強みを有する韓国Bluepointへの出資、デンカの米ペガサス・テック・ベンチャーズとの共同運営ファンドを通じた韓国Naieel Technologyへの出資ほか、新技術・イノベーション領域での金融補完を交えた協業形態が複数確認された。
香港:撤退と攻勢が交錯する選別の年
10件(2.8%)。象印マホービンは、家庭用品卸のLin & Partners Distributorsを子会社化し、現地の販売網とマーケティング機能を内製化。バロックジャパンは中国EC子会社を売却する一方、香港のEC支援IT企業を取得し、オムニチャネル戦略を強化した。金融では、大和証券グループがデジタル投資銀行Digital Climate Groupに出資し、アジア・中東でのインパクトファイナンス展開を狙った。一方、GMOフィナンシャルHDは、店頭FX事業を手がける香港子会社GMO-Z.com Forex HKを売却。香港市場の地政学的リスクや規制環境の変化を背景に、撤退と攻勢の選別が進んだ。
その他の国・地域
ミャンマー・バングラデシュ・スリランカ等は合計6件で、SGホールディングスのスリランカ子会社を完全子会社化といった組織再編のほかは縮小・統合の色合いが強かった。地政学や市場規模の制約が新規投資の拡大を抑えたとみられる。
3. 注目トピックとマクロ動向の考察
中国リスク対応:撤退と選別投資の併走
2025年は中国子会社・持分の売却が相次ぎ、規制・地政学・成長鈍化を踏まえた再評価が具体化した一方、圧縮機・投資会社など見極めた領域への投資も残った。メリハリ運用が定着したと捉えられる。
「チャイナ+1」:インド・東南アジアへの傾斜
インドの大型出資、ベトナム・タイ・インドネシアへの継続投資は、新興国ポートフォリオの再構築が進んだサインとみられる。人口規模・成長性・参入容易性を背景に、今後も中核市場として位置づけられそうだ。
スタートアップ投資とオープンイノベーション
CVC/VCによる技術系スタートアップ投資が増え、シンガポール・韓国・インドでの先端人材・技術アクセスが進んだ。自前主義の補完として機能し、企業側のイノベーション力強化と新興企業の成長が相互に寄与している。
インフラ・エネルギー:脱炭素と資源安全保障
再エネ・リサイクルへの投資に加え、LNG・鉄鉱石など重要資源の権益取得が進み、供給の多角化が意識された。鉄道・都市インフラなど基盤整備需要への対応も広がり、官民連携の枠組みと親和性が高いと考えられる。
4. 2026年に向けた示唆
1)中国事業の再定義(精査・選別)
規制環境の不確実性や成長鈍化が続く前提のもと、収益性の低い領域では段階的な縮小・撤退を進めつつ、技術優位や収益性が見込まれる分野に資源を振り向ける動きが続くとみられる。現地での供給・販売・保守まで含めて優位を築きやすいテーマでは、研究開発や人材、資本配分を厚めに設計する判断が相対的に増えそうである。一方、合弁や持分保有は改めて採算性とリスクの見合いで点検され、ポジションの軽量化を伴う見直しも引き続き選択肢に入ると考えられる。
2)インド・ASEANでの先行者利益の獲得
インドでは金融・製造・エネルギーを中心に大型投資が続きやすく、日印間の政策対話の深度が個別案件の実行速度とスケールを後押しを与える局面が増えるとみられる。ベトナム、タイ、インドネシアでは、生産機能の移転・増強と現地消費市場の取り込みを同時に設計するアプローチが効果的であり、需要地近接の供給網と販売チャネルを一体で構築する企業ほど、立ち上がりの早さと収益化の確度を高めやすい。各社の投資は段階的なプレゼンス拡大を意識しつつ、競合優位性ある基盤獲得をM&Aにより目論む動きが強まると考えられる。
3)スタートアップ協業の深化
単発のマイノリティ出資から一歩進み、共同開発や市場共同開拓を含む戦略的提携へと踏み込む動きが広がるものと思われる。先端技術や高度人材へのアクセスを自社の事業ロードマップに結び付け、概念実証から商用化、スケールまでの移行経路を初期段階から描いておくことで、提携の質とスピードは一段と高まりやすい。この点、しばしば「岩盤規制」と揶揄される日本市場とは対照的に、海外市場の規制はASEANに代表される通り比較的緩やかであり、迅速なサービスローンチや実証実験の場として注目に値する。日本企業と現地企業間の資本と事業を両輪とするアライアンス設計は、互恵的な競争力強化・差別化を共に実現する打ち手として今後も継続するとみられる。
4)事業ポートフォリオの継続最適化
2025年、日本企業を取り巻く外部環境の急速な変化を契機として加速した「戦略的な事業ポートフォリオ再考と再構築」は、一過性の取組に終わらず、今後も平時運用として定着していくと考えられる。市場規模、競争環境、成長性、資本効率、リスクのバランスを見ながら資産を入れ替え、ブランドや人材、コア技術といった無形資産の移行・統合まで視野に入れて再配置を進める企業ほど、投資回収の確度とスピードを高めやすくなるだろう。市場変化に合わせた小刻みな見直しが、結果として全体の競争力を底上げする展開が想定される。
5)ESG・サステナビリティの組み込み
再生可能エネルギーやリサイクル関連の案件は、規制対応を先取りしつつ、新たな収益源の開拓にもつながるテーマとして位置づけられつつある。調達・製造・物流を通じたトレーサビリティの強化は、サプライチェーン全体の透明性を高め、事業リスクの管理精度を引き上げる効果が期待される。2026年も引き続き、資本市場との対話において説明可能性がより重視され、非財務情報を事業戦略に有機的に組み込む姿勢は引き続き評価され、何より持続的な競争力の強化に資するものとみられる。
結び
2025年のAPACでは、M&Aを通じた資産の入れ替えと成長投資が重なり合い、動的な事業ポートフォリオの再構築が幅広く確認された。米中摩擦を含む不安定な外部環境のもと、各社が自社の強みに照らして市場選択・技術獲得・ガバナンスの設計を丁寧に検討してきたことがうかがえる。総じて、戦略的な経営判断の重みと、意思決定から実行に至るまでの迅速な対応が、これまで以上に問われた一年であったといえる。
M&A戦略の構築においては、必ずしも100%やマジョリティの支配権取得に限定されず、マイノリティ出資や合弁を活用して現地市場で早期に橋頭堡を確立し、ネットワークや人材・技術へのアクセスを確保する手法が実務面で有効に機能している。また、ポートフォリオの再編局面では売却も視野に入れ、資産の新陳代謝を進める発想が徐々に定着しつつある点も特徴的である。
2026年は、各社がどの市場・どの製品やサービスに比重を置き、いかなる勝ち筋を描くのかがいっそう明確に問われる年になるとみられる。同時に、迅速な意思決定と資本・資産の再配備が求められ、その実行手段としてのM&Aはさらに戦略的重要性を増すだろう。戦略と実行、投資と収益性評価のサイクルを一体的に経営へ織り込んでいく企業こそが、企業価値向上へ確かな歩みを進めるものと考えられる。