
カート・ヴォネガット(1922年〜2007年)は、学生時代に親しんだ作家の一人である。皮肉たっぷりなのに、どこか希望を捨てない逞しさと、愛情ある眼差しを湛えた文体が好きだった。
彼の作家としての原点は、第二次世界大戦の欧州戦線に従軍した経験にある。ドイツ系米国人として、敵軍であるドイツ軍に捕虜として捉えられ、屠殺場に拘束されたまま、1945年2月のドレスデン爆撃を経験する。芸術品と謳われたドレスデン市街は、面影を残さないほど壊滅的な有様となった。
そのトラウマが、彼の作品に通底する乾いたユーモアや、人類の残酷さに対する冷静な視線を生んだのだと思う。代表作『スローターハウス5』を初めて読んだ時、正直何が言いたいのか分からなかった。でも、シニカルなユーモアも、SFという形式も、それが彼が作家として自覚的に選んだ語りのあり方だったのだと、後になって理解した。マーク・トウェインも言うように、天国にユーモアはない。その本質は歓喜ではなく悲哀である。
It is so short and jumbled and jangled, Sam, because there is nothing intelligent to say about a massacre…
And what do the birds say? All there is to say about a massacre, things like “Poo-tee-weet?”
サム、こんなに短くて、ごたごたしていて、調子っぱずれの本になってしまった。だがそれは、大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないからなのだ。殺戮が終わったとき、あたりは静まりかえっていなければならない。そして殺戮とは常にそうしたものなのだ、鳥たちをのぞいては。鳥は、何というだろう? 殺戮について何かいうことがあるとすれば、それはこんなものか、「プーティーウィッ?」
ヴォネガットのエッセイ集『国のない男(A Man Without a Country)』は、短い散文からなる作品で、創作ではなく彼自身の言葉で綴られている。そこにはフィクションでは見えづらい、より等身大の彼の姿があるように感じられる。
There is no reason why good cannot triumph as often as evil. The triumph of anything is a matter of organization.
If there are such things as angels, I hope that they are organized along the lines of the Mafia.
善が悪に勝てないこともない。ただ、そのためには天使がマフィアなみに組織化される必要がある。
そして、彼の墓碑銘に刻まれるべき言葉として、こんな一節がある。
If I should ever die, God forbid, let this be my epitaph:
THE ONLY PROOF HE NEEDED FOR THE EXISTENCE OF GOD WAS MUSIC
音楽はいつもすばらしい。もしわたしが死んだら、墓碑銘はこう刻んでほしい。
『彼にとって、神が存在することの証明は音楽ひとつで十分であった』
音楽もユーモアも、いつの時代も素晴らしい。人間というものがどれほど愚かしく残酷で、時には生きることさえ惨めに感じられる時でも、それは福音のように鳴っている。耳を傾けることさえやめなければ、それは絶望の淵でも聞こえてくるだろう。