東南アジア(ASEAN)地域は近年において急速に成長している市場であり、日本企業による域内での M&A (買収・出資等)活動も活発化しています。しかし、ASEAN地域におけるM&Aには、現地特有の特徴や留意点があります。本稿では、日本企業の買い手にとって、特にソーシング(案件化)の面で重要となる実務上のポイントを解説します。
なお、エクセキューション(取引執行)上のポイントについては次回の記事をご覧ください。
1.同族・オーナー系企業が多い
東南アジアの多くの企業は、創業者やその家族が経営を行っている同族・オーナー系企業です。上場企業にも同じ傾向があり、特定のファミリーが過半数あるいは相当数の議決権を有している企業が多く見られます。
M&Aの文脈におけるオーナー企業の第一の特徴としては、企業の所有と経営が厳密に分離されておらず、従って往々にして経済的合理性よりも属人的な信頼関係・心証が意思決定を左右する、ということが挙げられます。この特徴はM&Aにかかる交渉を通じて、とりわけ案件化段階においては特に重要なポイントであるため、留意することが必要です。
同族経営の場合、オーナーとの信頼関係が重要であり、M&Aに関する交渉を進める際には、慎重にコミュニケーションを取る必要があります。また、オーナーが感情的に企業に強い愛着を持っていることが多いため、価格交渉や条件設定においても感情面を配慮することが成功の鍵となります。
2.相対案件が中心
東南アジアのM&A市場における売手の特徴として、個別具体的な相手方との交渉を通じて是々非々ベースで案件化に至るケースが多く見られます。これは、自社の売却意向を知られることに対して非常にセンシティブな売り手が多いため、したがって明確なプロセス・時間軸を設定した上で多数の買い手候補に網羅的に打診を行う、いわゆる入札型のプロセスが忌避される傾向にあるためです。
買い手として留意すべきは、相対案件が主流である東南アジアのM&A市場において、売り手側オーナー(及びアドバイザー)から有力な買手候補として認知されなければまず声がかからないこと、また非常に少数の候補先として選定されなければ案件検討の機会さえ得られないということです。この点、現地ネットワークを有するアドバイザーとの関係構築を行い、自社の求める現地パートナー像を共有しておくことは有益といえます。
3.IMが簡易的(あるいは準備されてない)
東南アジアの多くのM&A案件では、案件及び対象会社の概要を網羅的に記したインフォメーションメモランダム(通称IM)が用意されていないか、非常に簡易的な形でしか提供されない場合があります。これは、特にオーナー系企業や中小規模の企業において顕著であり、情報開示に対する意識が薄いこと、また日本企業が求める精緻かつ包括的な情報精査に馴染みがないことが主な理由です。また、事業計画も十分な形で提供されないことが多いです。
このような状況において、買い手が初期的な意向表明に至るために必要な社内における合意形成、稟議を得る上で十分な情報を得ることが難航し、案件化に至る前に破談となってしまう可能性があります。他方、あくまで是々非々で検討するという姿勢の売り手企業に対して、DD前にも関わらず過剰な情報要求を行うことで、売り手側がトーンダウンしてしまうリスクもあります。よって、情報取得の必要性について売り手側の納得を醸成しつつ、検討上必要な情報を取得・聴取するコミュニケーションが重要となります。
4.オーナーがトップダウンで判断
東南アジアの企業文化では、オーナーがトップダウンで経営判断を行う傾向が強いです。当然、M&Aの判断もオーナー個人の意向に左右されることが多くなります。オーナーが持つ企業に対する強い個人的な価値観や将来のビジョンが、取引条件に影響を与えることも少なくありません。
そのため、オーナーとの関係構築が非常に重要であり、M&Aの提案が受け入れられるためには、オーナーの信念や価値観を理解し、それに沿ったアプローチをすることが鍵です。オーナーの意向を尊重しつつ、適切な提案を行うためには、相手の意向を確認するコミュニケーションを戦略と準備が欠かせません。
5.専門家はアドバイザーが主流(仲介プレーヤーはほぼ皆無)
東南アジアのM&A市場はアドバイザリー型のM&Aが主流であり、仲介市場は発展していません。これは仲介業者の利益相反に対する懸念、また商習慣上も仲介業務に対する信頼が形成されていないためです。従い、M&Aに関わる専門家としては、買い手あるいは売り手の片側のみを代理、また戦略的な提言を行う交渉をサポートするアドバイザーが中心となっています。
従い、買い手側にとっても、とりわけ案件のソーシングにおいてはアドバイザーとのネットワークが重要となり、信頼できるアドバイザーと連携することが案件化の成否に直結します。
まとめ
東南アジア(ASEAN)地域におけるM&Aのソーシングにおいては、独特の文化や商慣習を理解し、現地の市場特性に合った戦略を立てることが求められます。同族経営の企業が多く、相対取引が主流であるため、オーナーとの信頼関係の構築が欠かせません。さらに、売り手側における明確なプロセスの不在、情報開示の不足、オーナー主導の意思決定といった難所に適切かつスピーディーに対応するためには、現地市場や現地実務に精通したアドバイザーを起用することも有益です。
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