書店でふと目に留まった一冊に、「まさにこれが読みたかった」と感じることがある。タイトルを見た瞬間に手に取ってしまうような、そんな本。これは偶然でも神秘でもなく、むしろ当然のことなのだと思う。

人が考えつくことの多くは、すでに誰かが考えている。特に、世の中にアンテナを張っている人ほど、自分の中で“問”が定まった瞬間に、それに応える情報が自然と目に入るようになる。つまり、「こんな本が読みたい」と思った時点で、すでに自分の中に問いがあり、それに対する仮説が芽生えているのだ。
問題解決のプロセスは、問を立てる ⇒ 仮説を立てる ⇒ 検証する、という流れで進む。ここで最も難しく、かつ重要なのは「問を立てる」こと。問が間違っていれば、どれだけ精緻な検証をしても正しい答えには辿り着かない。これはビジネスでも、研究でも、日常の意思決定でも変わらない。
そして、読書もまたこのプロセスの一部である。趣味や娯楽としての読書ももちろん素晴らしいが、何かを解決したい、理解したいという目的を持って読むならば、常に仮説を持って臨むべきだと思う。つまり、「この本は自分の仮説を補強してくれるか」「それとも修正を迫るか」という視点で読むことで、読書は単なる情報収集ではなく、思考の検証作業になる。
本を読むという行為は、他者の知見を借りて自分の問いに向き合うこと。だからこそ、「こんな本があれば」と思った時、それはすでに自分の中に問いがある証拠であり、その問いに応える準備ができているということなのだろう。