【事例分析】アジア太平洋 M&A 月次レビュー(2025年3月)

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2025年2月、APAC(アジア太平洋地域)における日本企業の M&A 件数は19件だった。取引類型別では買収が7件、出資が5件、売却が4件、一部譲渡が0件、その他が3件となっている。国別ではシンガポールおよび韓国、インド、タイが最大(3件)だった。 

大型案件としては、長瀬産業株式会社が米国のSACHEM, Inc.(以下SACHEM社)から、アジア地域を中心とした半導体用高純度化学品事業を約1億100万米ドル(約150億円)で取得することを決定した。本件には、SACHEM社の子会社5社も含まれる。本件は、長瀬産業が掲げる中期経営計画「ACE 2.0」における成長戦略「基盤」「注力」「育成」「改善」のうち、半導体分野を“注力領域”として位置づけた取り組みの一環である。SACHEM社は、触媒やスペシャリティケミカルズ、高純度化学品分野で高い技術力と専門知識を有しており、長瀬産業とその100%子会社であるナガセケムテックス株式会社との3社で合弁会社SN Tech株式会社を設立し、半導体製造に使用される高純度現像液の回収・再生事業を共同で展開してきた。今回、SN Techを含む本事業を取得することで、長瀬産業は成長が続く半導体市場において、素材メーカーとしての地位を一層強化する狙い。加えて、同社グループが保有する先端半導体材料の製造・開発技術と融合させることで、半導体向けの新素材や装置の開発も推進していく方針。 

1) 先端領域における日韓の連携 
2025年3月18日、住友化学は韓国子会社・東友ファインケムを通じ、韓国の無線通信モジュール企業HUCOM Wirelessを買収した。今回の買収により、HUCOMの高度な通信モジュール設計技術と韓国内の顧客ネットワークを獲得し、フィルムアンテナの開発・事業化を加速する狙い。Beyond 5GやIoTの普及で、通信向け高機能アンテナ市場は2030年代前半に1,000億円規模まで成長が見込まれており、東友ファインケムは一貫開発体制の構築で市場対応力を強化する。 
住友化学は、素材メーカーとしての技術基盤に加え、通信モジュール設計力を取り込むことで、川下領域への展開を加速。今後のスマート社会では、通信部品の“軽量・高性能・一体化”が求められる中、素材からデバイスまでの統合開発は大きな競争優位となる。本件は、日本企業による東アジアのスタートアップ買収事例としても注目され、日韓間の産業連携の新たなモデルとなる可能性がある。 
 

2) 日系企業の東南アジア展開支援に向けた官民協業 
 
日本政策投資銀行(DBJ)は、タイの大手複合企業CPグループと共同で、日系企業のアジア展開を支援する180億円規模の「縁ファンド2号(En Growth Fund 1 & 2)」を設立した。運用は、マーキュリアインベストメントと連携し、15〜49%のマイノリティ出資を中心とするストラクチャード・エクイティ投資を行う。ファンドは、資本参加を通じて日本企業の海外成長を支援し、イノベーションやM&A、子会社のスピンオフなど多様な成長戦略に対応可能な資金供給を行う。DBJは政府系金融機関として、成長資金が届きにくい領域への投資に積極的に取り組んでおり、本ファンドはその好例といえる。タイのCPグループとの連携により、日本企業にとっては東南アジア市場への足がかりとしても魅力的な枠組みとなっている。 
「共同で成長を目指す」マイノリティ出資のアプローチは、M&Aにおける柔軟性と長期的視点の両立を実現し得る新しいモデルだ。日本国内の市場縮小に直面する中、アジア市場との縁を活かした成長支援は今後ますます重要になるだろう。 

観測日取引類型対象国業界ヘッドライン
3/3買収フィリピンヘルスケアあすか製薬HD<4886>、製薬企業のフィリピンMedChoice Pharmaの親会社を持分法適用関連会社化
3/3売却ミャンマー消費財東洋製缶グループHD<5901>、飲料用スチール缶製造・販売のミャンマーYCM社の全株式を大塚製薬に譲渡
3/3売却インド輸送用機器エイチワン<5989>、子会社のH-ONE Indiaの全株式を同国Belrise Industriesに譲渡
3/4出資タイ金融日本政策投資銀行、タイCharoen Pokphand Groupと「縁ファンド2号」を設立
3/7出資シンガポール情報通信JigsawHoldings、医師向けプラットフォーム運営のシンガポールDocquity社に出資
3/17買収シンガポール設備ASNOVA<9223>、仮設トイレレンタル業などのシンガポールQool Enviroを買収
3/17売却マレーシア情報通信INCJ、通信インフラシェアリング事業会社のマレーシアedotco Groupの全保有株式を同国Khazanah Nasional Berhad運営ファンドに譲渡
3/18買収インドネシア物流SBSホールディングス<2384>、物流会社のインドネシアPT TANGGUH JAYA PRATAMA社を買収 77%の株式取得
3/18買収オーストラリア輸送用機器オプティマスグループ<9268>、豪McCarroll Motors Mudgeeから自動車販売事業を譲受
3/18売却ベトナムその他サービスUTグループ<2146>、ベトナム子会社のGreen Speed Joint Stock Companyの全保有株式を創業者に譲渡
3/19買収韓国情報通信住友化学<4005>、無線通信モジュール・ベンチャーの韓国HUCOM WIRELESS社を買収
3/19買収その他情報通信長瀬産業<8012>、米SACHEM社からアジア地域の半導体用高純度化学品事業を取得
3/24その他韓国その他サービスエアトリ<6191>子会社のかんざし、ワーケーションサービス「THE HYUIL」展開の韓国Streaming Houseと資本事業提携
3/25出資シンガポール金融丸紅<8002>、オンライン金融事業会社のシンガポールZMA社に総額3000万米ドルを追加出資
3/25出資インドその他サービス商船三井<9104>など、IHI<7013>がインドで開発しているグリーンアンモニア製造プロジェクトに出資検討
3/27その他韓国ヘルスケアラクオリア創薬<4579>、医薬品製造事業の韓国HK inno.N Corporationとの資本業務提携などを発表
3/28買収タイ輸送用機器ダイキョーニシカワ<4246>、タイ子会社で自動車樹脂部品製造・販売のDMS Techを完全子会社化
3/28出資インド建設港湾運送事業などの宇徳、発電所・石油化学プラントなど建設工事の印Delta Global Alliedに資本参加
3/31合弁タイ食品フジ日本<2114>、Thai Wah Fuji Nihon Companyを持分法適用関連会社化

※1…本稿におけるAPACは東アジア、南アジア、東南アジア(ASEAN他)、オセアニアの各国及び地域を指す

※2…案件一覧は観測ベースで記載

※3…用語の定義

買収…対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の取得 / 出資…対象会社(事業)にかかる過半数に満たない支配権の取得 / 売却…対象会社(事業)にかかる過半数の支配権の譲渡 / 一部譲渡…対象会社(事業)にかかる一部支配権の譲渡

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